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第21号

1999年10月10日発行

国旗国家方に寄せて

京都府議会議員西田昌司

国旗国家方に寄せて

先ごろ、いわゆる国旗国歌法が成立致しました。これにより、法律上正式に日の丸が国旗に、君が代が国歌となったわけです。もともと、この法案が提出されたきっかけは、ご存知のように広島県の世羅高校で、卒業式に日の丸を掲揚し君が代を斉唱すると言うことを巡って、教育委員会と教職員組合が対立し、その間に立たされた校長先生が、その立場に苦しみ、自殺をしてしまったことに端を発しています。こうした混乱の原因は法律上国旗と国歌の定めがないから、こうした混乱が生じてしまうからなのだ。だからこうした混乱を防ぐためにも、正式に法律上の定めを設けておくべきだ、と言うわけで今回の成立となったのです。なるほどこうした世羅高校のような混乱は、全国何処に行っても良く聞くことでした。
 私たちの地元の南区でも、こんなことがありました。ある小学校の6年生の授業で、日章旗、星条旗、ユニオンジャックの下にその旗の国の名を書きなさいというテストが行われました。当然のことながら、それぞれの旗の下に、日本、アメリカ合衆国、イギリスと書くのですが、採点をされて返ってきた答案用紙を見ると、バツがついてあります。みなさん、何か間違いが分かりますか。何と日の丸の下に日本と書いたことが間違いになっているのです。正解は日の丸は法律で日本の国旗とは決まっていない、従って、どこの国の旗でもないというのです。こんな信じられないような授業が、実際に行われていたのです。
 また、ある中学校では、こんなことがありました。卒業式を前の日に控えて、卒業式の練習が行われているところへ、ある先生がやってきて涙ながらに訴えました。「明日は卒業式です。教育委員会から君が代を唱えと命令されています。でも先生は、君が代と日の丸の名のもとに、あの戦争で多くの人が死に殺されたことを思うと、とても君たちにそれを命じることはできません。君たちももう大人だから、自分の判断で歌いたい人は歌いなさい。でも歌いたくない人は歌わなくても構いません。」いったいこんな話を聞いて誰が歌うことができるでしょう。
 もちろん、こうした事態は現在では無くなっていますが、広島だけでなく、京都においても教育の現場では、法制化していかないことをよいことに、まさに反国家教育とでも言うべき事がまかり通っていたのです。さて、日の丸や君が代の法制化に反対した人々の意見を伺っていると、大別して次の二つに絞られると思います。そのひとつは、要するに日本の過去を否定すると言うものであり、今一つは思想信条を個人に押し付けるなと言うものでしょう。
 過去を否定するような人は次のように言います。日本は過去にアジア諸国を侵略した。敗戦によって日本はまた新たに生まれ変わったのだ。従って、血塗られた過去につながる一切のものは当然否定すべきである。こうした三段論法のもとに、日の丸や君が代は当然否定されるべきものと彼らは主張します。
 なるほど、戦後の社会のあり方を考えてみればまさにこの意見は、的を得ていると言えます。日本の過去が本当に、侵略国家で血塗られたものかは別として、(もちろん私はそうは思っていませんが)あの敗戦により日本は過去と決別して生まれ変わったのだ、とする人は結構多いのではないでしょうか。これは、日本の原点を昭和20年8月15日として考えるもので、マスコミ始め多くの日本人が、理屈抜きにそう思い込んでしまっていると言ってもよいかもしれません。戦争が終わって、日本は平和国家として生まれ変わったのだ。そのお陰で、日本は自由で、豊かな国になることができた。過去をきちんと反省することが、日本の平和国家としての原点だ。その象徴が現在の憲法だ。改憲なんてとんでもない。このようにお考えの人も結構おられます。またそのように教育をされてきたのです。
 確かにあの戦争により日本が過去を否定し、決別したのなら当然のことながら、日の丸や君が代は廃棄されるべきです。また8月15日を建国の日とすべきだとも思います。しかし本当に日本人は過去を否定して、日本人として生きて行くことができるでしょうか。人間が生きて行く上で「自分は何者か」ということほど大切なことはありません。自分の原点やルーツをしっかり認識して初めて、生きる力や生き方について価値観を持つことができるのです。そして「自分は何者か」ということを示してくれるものが、個人で言えば、先祖であるし、国で言えば歴史と言うものでしょう。我々が日本人として生きて行くには良いも悪いも含め、まず歴史を否定するのではなく、肯定することから始めなければならないのです。それは親を否定しては自分の存在が無いのと同じことです。日本の国の過去を否定する人に愛国者がいないのは、親を否定するものに親孝行ができないのとまったく同じで、要するに大人になりきれていない子供と同じです。過去否定の上には未来は築けないのです。 また、日の丸君が代の強制はすべきで無いと言う人は、このように言います。君が代を歌う自由があるのなら歌わない自由もあるはずだ。その自由を奪うべきで無い。それが真の自由主義であり、民主主義だ。 なるほどこれも一理ありそうです。しかし、これもつまるところ詭弁であるとしか言いようがありません。実は国旗国歌法が審議されていたときに、私は昌友塾(毎月六孫王会館で開いています)でこのことについての討論会を行いました。このときある20代の女性の方はこんな話をされました。「オリンピックやサッカーの試合を見ていて日の丸がセンターポールにあがるのをとても誇らしく見ていました。君が代が流れてきたとき、私は自分も一緒に歌いたいと思いました。でも私は歌うことができなかったのです。何故なら今では私は只の一度もまともに君が代を教えてもらったことが無いからです。これに反対をされる人は、歌うのも自由、歌わないのも自由だと言われます。だけどこれは大嘘です。だって私は君が代を歌う権利さえも与えられずに来たのですから。」いったいこの言葉に、学校の先生方はどんな反論をするのでしょうか。
 今回の国旗国歌法の議論によって明らかになったのは、野党やマスコミの中にはまだまだ戦後の呪縛に縛られたままの方が結構多いということと、マスコミ等の報道にもかかわらず一般の国民は良識のある方が結構多かったということです。「こんな法律をいまさら作らなくても、明治以来ずっと、日の丸や君が代を国旗国歌として扱ってきたのですし、その起源をさかのぼれば、千年を超える歴史がどちらもあるわけで、いまさら何を言うのでしょう。また、日の丸君が代が国旗国歌でないなら、どんな旗や歌がそれにふさわしいと言うのでしょう。」こう言う声の方が多かったのは大変うれしいことでした。事実マスコミなどのアンケートを見てみても、圧倒的多数の国民がこれを支持していました。しかしこれは歴史や伝統は理屈を超えて国民に浸透していくものなのだと理解しても良いのでしょう。むしろ、敗戦から今日どんな時代に在っても、常に、これを守り伝えようとしていた人々一途な努力がそこにあったと考えるべきではないでしょうか。そうした努力に感謝しつつ、私も次代に向けてその責任を果たしたいと思うのでした。

 前号の「子育て奮闘記」には、多くの読者の皆様から様々なご意見が寄せられました。お読みになって親と子の関係のある部分が垣間見えたようにお感じになったことと思います。編集室があの記事を掲載した一つの理由は、今の親子の”関係の在り方”を皆様に考えていただきたいと思ったからでもあります。
 世の中には、テレビのホームドラマのように仲のよい友達関係や個性や権利の尊重の余りに互いに干渉し合わない関係、また子どもをペット化するような一方的な溺愛やその反対の放任など、様々な親子の関係があります。このような関係が健全な日本の親子だとは思えないのです。21世紀を迎えようとする中で、どにょうな親子関係を結んでいけばいいのか、どのような価値観を地域は子ども達に伝えていけばいいのか。ShowYou編集室ではこの点についても様々な議論の機会を設けたいと思い、「昌友塾」(月に一度開催)でもメインの主題にしております(一度お出かけください。六孫王会館で第三火曜日です。)
 前号の記事もこの塾での話題の中から出てきたものです。そのため、話の最初の部分だけを掲載しました(記事をお寄せいただいた方にもご迷惑をお掛けいたしました)。また、お読みいただいた読者の方から多くのご意見をいただきました。その中から、一部を編集室の責任で再構成し、記事として(投書ではありません)掲載することにいたしました。またご意見を頂ければ今後とも、この欄でご紹介したいと思います。
 私は、高校生のバイクの問題については、「子供の命は親が守る」が第一だと思います。それゆえ、「子供の命は親に任せればいい」とも思います。したがって基本的に学校は出来るだけこのような問題には、関わる必要はないのではとも思います。しかし、これを家庭や学校、地域社会とのつながりで考えてみればどうでしょう。まったく違った観点が出てくるのではと思うのです。”バイクの問題は校則に違反しているが、社会では問題がないから”という考え方は一面的に過ぎないかと思います。(もっとも、お子さんとの話し合いの中で悩まれた末の、苦悩の決断だったと思います。短い会話文の中に、お母さんの苦悩があったこと、それはよく分かります。私も実際の場面ではどうするだろうかと思います。)
 それでも、私は学校や地域社会と家庭は、子供を育てるという面でもつながっていると思うのです。世のお母さん方にはそこのところも考えて欲しいと思うのです。というのも、そのつながりの原点は、価値観だと思うからです。家庭や学校そして社会(特に、我々が住んでいるこの南区ですが)は、健やかで伸び伸びとした中味が、市民社会の形成者として人から尊敬を受け、よりよい家庭を築く人になって欲しいということだろうと思うのです。親は世の常識を押し付け、子供はそれに反抗する。この関係の中で、子供たちは私達の社会が持つ価値観に気づき、伝えていってくれることと思います。物分かりがいいだけでは、社会の価値観や伝統は子ども達に残せないと思うのです。
 家庭と学校そして地域が、子育てにおける関係を見直し、互いの責任と役割をどのように果たしていけばいいのか。私はどうすればいいのか、子供はまだ小さいですが寝顔を見ながら考えています。考えるきっかけを与えていただきまして感謝しています。


戸田修三  9月5,6日の信州一泊二日旅行に唐橋の一員として参加し、天候にも恵まれ、楽しい時間を過ごさせていただきました。残暑の厳しい京都に比べると、さすがに信州は朝晩涼しく、広々とした山の険しさ、広がる田園地帯など、その自然の豊かさを再認識しました。
 信州へ入る前に観光客で賑わっている飛騨高山を車中より見学し、少年時代に自分の育った町のことなどふと懐かしく思い出されました。
 上高地では河童橋、梓川、穂高と自然の雄大さや梓川の清らかな流れと水の冷たさに驚かされました。ここでは自家用車の規制がされていましたが、バスの出す排気ガスの方にも問題があるのでは・・・・・・と少し考えさせられました。宿泊した白樺湖のホテルは、前がスキー場になっており、その向こうは蓼科山などのとてもなだらかな山々があり、険しい山の多い信州にしては数少ない風景ではないかと思われました。
 夜の宴会ではカラオケもあり大変盛り上がりました。「数は力なり」「継続は力なり」という言葉があるように、私を含め庶民の力も集まれば大したもので、大切にすべきだということを再認識させられたと同時に、西田会と昌友会の友好、親善の益々の必要性を実感いたしました。
 二日目はビーナスラインから岡谷IC、梓川SAから須逆長野東ICを通って善光寺へと行きました。ビーナスラインからは富士山も見え、それはまるで一服の清涼剤のような感じを受けました。
 長野冬季オリンピック会場を車中より見学し、善光寺の見学ではその立派な建物と歴史、信仰、伝統の重みを感じ、心洗われる思いがしました。
 立派なホテルでの昼食の後、野沢菜センターで見学と買い物をしましたが、そこで野沢菜が元々京都から持ってきたものが始まりだったことを知り、京都に住む私には少しの驚きと嬉しさを感じました。
 その後、無事京都まで帰りましたが、今後は昌友会の方々も参加されてはいかがでしょうか?きっと何か得るものがあると思います。
 最後になりましたが、今回の旅行にあたりお世話になりました皆様方に厚く感謝申し上げます。

瓦の独り言
羅城門の瓦
−ゆかたを着てパープルサンガを応援しよう−

今年の夏は露出ファッションが大流行。キャミソールとショートパンツの女の子がゾロゾロと四条河原町、京都駅、北山通を歩いていました。このショートパンツの丈は、今年は一段と短くなった様な気がします。どこまで見せれば、あなたたちは気が済むんですか、と言いたくなる様なスタイルです。
   高校生から20歳前後までこのようなスタイルをしており、さすがに23歳ぐらいになるとやめますが、こんな女の子に、反対に包み隠すことの美しさを教えるにはどうしたらいいのでしょうか。
 そうです。彼女たちにきものを着せればいいのです。包み隠す美の代表的なきものを。それにはゆかたから始めていってはどうでしょうか。若い女性にゆかたを着せていって、包み隠すという「ゆかしさ」「上品さ」を教えていけばいいのではないでしょうか。今、若い女性が生涯で初めて着るきものが振り袖になっているのではないでしょうか。最高位にランクされている振り袖を着るには、それなりの着付け方と小物などの約束事があり、窮屈な思いをしているのではないでしょうか。身体的にも、経済的にも締め付けられて着たきものを再び楽しんで着ることはないでしょう。それよりも自由にゆかたから着はじめて、小紋や紬を楽しむ様にしたらいいのではないでしょうか。
 さて、この夏、京都染織青年団体協議会による粋なイベントが行われました。『ゆかたを着てパープルサンガを応援しよう』といった企画です。当日、ゆかたを着て西京極グラウンドへ行くと、入場料が\800になるのです(通常は\3,000)。8月26日、新たに加茂監督と三浦知をむかえ、快進撃のパープルサンガを応援しようと、グラウンドには15,000人が集まりました、もちろんゆかた姿の女性、カップルも多く、和装振興(?)、いや、ゆかたを着るチャンスを増やしてくれました。そこで見た女性のゆかたの色・柄は様々なものがあり、白地に紺だけではありませんでした。バリエーションがうんと増え、チャパツ・ガングロの若い女の子にも素直に受け入れられ、人気の的となっています。これをどこまで長続きさせて、つぎのきものを着せていくか。ほっとけば直ぐに脱ぎたがる女の子をいかに引きつけていくかが、今後の日本文化の和装を見直す大きなキーワードとなるのではないでしょうか。
 でも、「ゆかたの下にはブラジャーを着けてほしくないな」と、思いつつブラジャーとショートパンツが丸見えのシースルーのゆかたにど肝を抜かしているのは瓦一人だけでしょうか。

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