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第16号

1998年07月05日発行

景気回復のために

京都府議会議員西田昌司

景気回復のために


 4月の知事選では、皆様方のお陰をもちまして50万票を超える得票で、荒巻知事が4選をいたしました。皆様方のご支援に心からお礼申し上げます。しかし、その一方で共産党の推薦する候補者が得票を大きく伸ばしたのも事実であります。その原因は、なによりも現在の深刻な不況をはじめ、社会全体に蔓延している閉塞感があまりに、大きかったため、相手候補に批判票が投じられたものと思います。京都府知事選挙とは直接的には、関係のないことが批判票になったわけです。それほど、現在の不況による閉塞感というものが大きいということの表れだと思います。

 さてこの戦後最悪の不況の緊急対策として、政府は16兆円を越える巨額な補正予算を組みました。景気回復のカンフル剤としてその執行が期待をされております。こうした政府の補正予算を受け、京都府におきましても、640兆円に上る6月補正としては、史上最大の補正予算を組み、不況対策に力を注いでまいりました。
 その主な項目を述べますと、まず一番は、470億円に上る公共事業投資です。また中小企業への貸し渋り対策として、府の制度融資の枠を680億円から780億円へと大幅に増額いたしました。そして私が常々訴えてきたことですが、信用保証協会に対する出えん金を増やすことにより、その融資の保証枠を約100億円分増額させました。このほか伝統産業等につきましても木目細かな政策を行っております。こうした予算が執行されることにより、必ず景気は上向きになってくるものと確信致します。

 ところで、公共事業について野党は、無駄なものと決めつけ、景気回復には、公共事業よりも恒久減税を実施すべきだと言います。しかし私は、今、景気回復のためにすべきことは、減税よりも公共事業投資だと、考えております。景気回復策として、3つの主な政策が考えられます。ひとつが金利政策であり、2つ目が減税であり、そして3つ目が公共投資です。前の2つの政策が景気に効果を上げるためには、大きな前提があります。それは、低金利や減税により家計や企業の負担が軽減された分だけ、消費や投資にお金が使われるということです。ところが現在の経済情勢の中で、こうしたことが期待できるでしょうか。金利政策では、すでに公定歩合が、0.5%という史上最低の金利水準になっております。不良債権問題等による貸し渋りなど、他にも原因が考えられましょうが、これほどの低金利であっても、先行きに対する不安感というものが強いため、投資にお金を使おうという方が非常に少ないのが現実です。その為にいくら金利を下げても、市場に資金が還流されないのです。また減税についても、多少税金が戻ってきたとしても、現在の情勢の中でどれほどの方が消費にお金を使われるでしょうか。むしろ先行き不安のためにお金を使わないで貯めておかれる方が多いのではないでしょうか。
 こうしたことを考えますと、金利政策や減税では今回の不況を、脱出することはできないのではないでしょうか。それではいったいどうすればいいのでしょう。もう後残っている政策は一つしかありません。それが公共事業投資です。いくら金利を下げても、減税をしても、民間ではお金を使おうとしない。それなら国や地方自治体が民間に代わって市場に資金を投入する、これが公共事業投資です。
 公共事業投資は、金利政策や減税のように間接的に市場に資金を投入するのではなくて、直接、事業を行うことによって、資金を市場に投入します。したがって事業をした資金は間違いなく市場に投入されますから、景気に直接的な効果が期待できるのです。これが一斉に前倒しで、実施されますと、必ず景気は上向きに転じてくるはずです。しかし本当に景気を回復するためには、もうひとつ大きな条件が必要です。それは、景気停滞の原因である、社会に対する先行き不安感というものを、払拭するということです。この先行き不安感は、政権基盤が非常に不安定な連立政権がここ数年間続いてきたことから生じています。そして、それは、9年前、平成元年の衆議院選挙で自民党が大敗をし、以来参議院では、どの政党も過半数を占めることができなくなったということが問題なのです。参議院選挙はご存知のように、衆議院と違い、解散総選挙をすることができません。一度選ばれた議席は、6年の任期の間変わりません。3年に1度その定数の半分が改選されますが、いったん過半数を割った参議院の議席は、なかなか簡単に回復できないことは、この9年間の政治状況を見ても、お分かりいただけることと思います。参議院での過半数割れが連立政権を作り出し、中、長期的な政権基盤を不安定な物にしたのです。
 連立政権は、民意が反映されやすいと言われます。しかし、現実の社会では民意はマスコミを通して伝えられることになります。その結果、民意もマスコミがそのフィルターを通して作り上げ、増幅した、マスコミ世論というものに変えられてしまいます。マスコミはその商業主義のため、非常にセンセーショナルな話題を追う傾向にあります。そのためマスコミ世論というものは、結局のところ、目新しい目先のことしか考えないものになってしまうのです。
 こうしたことから連立政権においては、政治の一番の目的である国民の長期的な利益、すなわち国益を守るということより、目先の政治課題を処理することばかりに、終始するのです。そして、そのことを国民は一番不安に思っており、それが先行き不安の根本原因になり、不況を長引かせているのです。こうしたことを考えると、今回の参議院選挙は非常に重要な意味を持つと私は思います。皆様方の賢明なご判断をお願いいたします。

究極の相続対策
西田昌司


 私は、税理士という仕事もしておりますから、相続についてどうすれば一番税金が少なくて財産を子供たちに遺す事が出来るんだろうか、という相談をよく受けます。また、そうした事は子どもを持つ親なら誰もが考える事だと思います。
 しかし、残念ながら、なかなか良い方法というのは無いのが現実です。そんな時私は半ば冗談、半ば本気でこういう事を申し上げます。人間の残す財産というのは、どの道多かれ、少なかれ、税金がかかって取られてしまいます。しかしまったく税金のかからない財産を子どもに残す事も出来るんです。それは何かといえば「親の信用」と言うもの、また「親の思い」・「価値観」と言うものです。つまり、親が財産を造ってきた基となったこれらのものなら子どもにいくら残しても税金はかかりません。従って、同じ残すなら税金のかかる有形の財産よりも、むしろ無形のこうしたものを子供に相続させる事が一番の得策になるのです・・・。
 「親しんど、子楽、孫乞食」と言う諺を私も良く親から聞かされました。これは、親が創業者として一所懸命に働いて財産をまず作ります、そして次の子供の時代になりますと、その財産の上に胡座をかいて大変豊かな生活が出来ます、しかし創業者の苦労を知らない孫の世代になってしまいますと、もうその財産も食い潰してしまい結局乞食のような暮らしになってしまうものだという、たとえ話です。まさに、そのたとえの通り、親の思いがなかなか次の世代に伝わりにくい、財産だけ残しても、それが子供たちのプラスになって行かない、ということが現実の社会ではないでしょうか。
 ところで明治の元勲西郷隆盛の残した言葉で有名なものに「児孫の為に美田を買わず」というものが有ります。この言葉の意味は「孫や子供のために立派な田畑と言うような財産を敢えて残したり買ったりしない。それは、そうする事でかえって子供たちが自分で努力をしなくなってしまうからだ。だから子供たちのためにはむしろ財産を残さない方が良いんだ。」こういう風に私たちは教えられてきたと思います。しかし、私はこの言葉はそういう表面上の意味だけではなくて、本当はもう少し深いところにその意味が有るのではないか、と思うのです。たとえば、次の言葉を最初の句の後に付けるとその深い意味がもっと解ると思います。「児孫の為に美田を買わず、『ただ志を残すのみ』」。この『ただ志を残すのみ』という言葉を加えて考えてみますと正に、西郷南洲が本当に伝えたかったその思いと言うものが鮮やかになってくると思うのです。
 「児孫の為に美田を買わず、ただ志しを残すのみ」つまり、子供たちに田畑という立派な財産を残すんじゃなくて自分が残そうとするのは私のこの思いである、この思いと言うものを子供たちに残してやりたい、これが子供たちへの唯一の財産だし、私の残すべき本当の財産なんだ、子供たちに受け継がすべき財産なんだ、とこういう風に西郷は言いたかったのではないでしょうか。わたしは、まさにこれこそ親から子へ世代を超えた本当の相続だと思うんです。そしてまた、家庭というものを通じて本当に私たちが子供に伝えなければならないのは、こうした思いであるし、また、そういう子供たちに伝えるべき思いというものを、我々親が持っているのだろうか、そのことを自問自答して行かなければならない、と思うのです。そう思ったときに、現在の家庭というものが、あまりにも急激な世の中の流れの中で、自分が守るべきもの、子供に何を残すかということを全く考えないまま、ただ時流に流されていただけだということに、初めて気がつくのではないでしょうか。こうした子供たちに残すべき思いが伝えられて始めて、わたしは本当の相続が出来たのだと思います。また是非ともそういう思いを子供たちに残したいし、また、残すべき思いを持ちたいと思うのです。皆さんはどうでしょうか、本当の財産をお持ちでしょうか。

南区おもしろ話
原田禎三さん


私たちの住む南区の歴史なんて考えたことありますか? 通りの名前の由来やその地域の言い伝えなど興味深い話はきっとあるはず・・・街を歩いて所々にこんな歴史の案内板があったら面白いのではないかと、お話を聞いて、ふと思いました。
 「うちはまだ新しくって、5代目くらいです。まあ母屋も入れると13代目くらいに成りますね。」という、西九条にお住まいの原田禎三さんに九条界隈のお話を聞きました。

*    *    *

 最近のことです。昔の古い資料なんか集めていると御輿仲間で関心が高まって、広まってきたんですよ。
 明治のころ、九条界隈大宮あたりは、みな百姓でね、朝は肥え汲みに行くんです。大宮通りには東海道線の踏み切りがあって、それを渡って上へ行くんですが、午前8時までにこちらへ戻らんと罰金を取られましたんです。重たい天秤棒を肩に担いで行くんです。だから御輿を担ぐにしても肩の強い人が多かったんですよ。それで東寺の東門あたりが朝早ようこちらに戻ってくる人の一服場所になってね、食べ物屋なんかが出てにぎやかになってきたそうです。今の東門の消防署の少し南くらい、埃だらけの大宮通西側に水飲み場が有りまして、牛や馬、人まで飲めるほどきれいな水が沸いててね、いつのまにか出ん様になりましたけれど、つい最近まで石段があって、下へ下りられる様になっとったんですよ。
 東寺東門の大宮通り東側には「震いの神さん」が奉ってあってね、渡辺綱(わたなべのつな:平安中期の武人)が羅城門の鬼退治に来たとき、針ヶ小路で馬が震えて動かんようになってね、ここで炬(かがりび)を焚いて一服しやはったそうです。それで針ヶ小路を俗に「炬(かがり)の辻」と言う様になったそうです。

がんばる人
木村和久さん(木村花店 店主)


 5月、お店に伺った。花の香りと当然だが美しい花で一杯の店内。陶化学区の木村花店の若き店主、木村和久さんにお邪魔した。見慣れぬ花のことを親切に教えていただいた。
 「この花はカラー(和名:海芋=かいゆ)と言って普通は白いんですがちょっと冒険をしてクリーム色を仕入れてみたんです。」
 いつも何か小さくとも、冒険をしながら仕事をしていたい、とおっしゃる。実は5年前にご尊父を亡くされ、勤めていたホテルを退社して花店をお継ぎになったとか。お話をお聞きした。


 当初は分からないことばかりで、かなりの不安が有りましたが、花の美しさや作品を作る楽しみを実感できる、フラワーデザインに出会い、新しい道を開くことができました。勉強しはじめて約4年になりますが教わることばかりで、フラワーデザインを通して芸術の奥深さをひしひしと感じています。

花の世界には数々のコンテストが有ります。ワールドカップが有るほどです。その中にはブライダルブーケを規定時間内にその場で制作し美しさを競うものや、 "サプライズ方式"といって、競技開始直前にしか資材の内容が明らかにされず、その中の80〜90%を使ってテーマ(例えば、花のささやき等漠然としたもの)に沿って時間内に規定の作品を作る、装飾技術を競うものなどの少し変わったコンテストも有ります。5月にも"花と緑の市民フェア"(於:みやこめっせ)にも花き装飾のコンテスト部門が有りました。これは毎年行われており、ギフトアレンジ、テーブルアレンジ、自由花(大作)の3種類、70数作品が京都市内の花屋から出展されます。私は4年前から毎年出品しており、昨年から2年連続で全体の5位に値する、「京都農業振興競技会会長賞」を受賞する事が出来ました。ファッションに、色やスタイルの流行があるように、フラワーデザインにも流行が有り、新しい技術が常に考えられています。今後も前向きに勉強を続けていきたいと思っています。

 余談になりますが、昨年より友人と一緒に花の個展を開いています。今年も四条「虎屋」3Fにて9月26・27・28日の予定で開催します。機会が有れば是非一度、ご覧ください。

瓦の独り言
羅城門の瓦


 1: 6:3 これは現在の水力発電:火力発電:原子力発電の発電エネルギー源別割合の比率です。かつてわが国の発電は、山岳地形を利用した水力発電が主でしたが、1960年代の重化学工業の発展と各家庭での電気機器の普及のため電力需要が大幅に増えました。これをまかなうため、水力発電より建設費が安く、大都市や工場地域の近くでも電力の供給が可能な火力発電所が主に建設され、最近では原子力発電所も建設されています。
 これと同じような水力発電から火力発電に切り換える社会現象が明治時代に京都駅南の東九条村で起こっていたのです。明治28年に日本で始めての市街電車、京都電気鉄道が塩小路高倉から伏見を経て中書島まで開通しました。これは明治初期の京都産業の起死回生事業である琵琶湖疎水のたまもので、蹴上発電所の電力の確保によるものでした。当事、電気は主に電燈用として供給され、電力が余っていたため電車の開通となったのです。しかしながら、当事の琵琶湖疎水は、定期的な水路の清掃や、琵琶湖の水位の低下、疎水運河の改修など、さまざまな理由で発電が止まることがあり、そのたびに電車が止まっていました。そうなると京都電気鉄道(株)としては自前の発電所を建設することが緊急の課題となり、水力に頼らない火力発電所を京都駅南の東九条に建設することにしました。
明治32年に東九条村山王に建設費12万円で火力発電所の工事が着工されました。米国ゼネラル社の250KWと言えば微々たるものですが、当事わが国の総発電力が50,000KWですから全国でも最新式の発電所として注目を集めていたそうです。これを機会に京都電気鉄道(株)は京都市水利事務所からの電力購入を全廃し、完全に電力を自給していきました。
 現在、規制緩和に伴い家庭でのソーラ発電で余った電気を関西電力などに売ることができますが、電気という公益性の強い産業において、必要とあらば自前で電力供給を行うパイオニア精神が明治時代に育っていました。これは現代人の我々も見習う必要があるのではないでしょうか。

西田昌司府会議員が自治功労者表彰


去る5月13日、西田昌司府議会議員が議員在籍8年になったことを受け、自治功労者表彰を受彰致しました。「これもひとえに、皆様方のご指導ご鞭撻のおかげでございます。これからも、初心を忘れず、地元南区と京都の発展のため、そして日本のために、全力を尽くして頑張りますので、変わらぬご支援をよろしくお願いいたします。」







編集後記

 いよいよ夏本番です。夏風邪の咳と鼻水に苦しむ私に、今まで読者という立場でしかなかった「Show you」の編集長より編集参加の思わぬお誘い。今まで何気なしに読んでいましたが、こんなに時間と労力が費やされているとは思いもしませんでした。なにはともあれ、今回もいいものができ、おかげで風邪も治り、元気になりました。皆様、これからもがんばりますので、よろしくお願いします。

編集委員 木村 和久

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