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第10号

1997年01月01日発行

幸せになるために

京都府議会議員西田昌司

 さて、年末のクリスマスシーズンになるとどこの家庭でも小さな子供たちが、サンタクロースに今度のクリスマスには何が欲しいと、お願いをしています。わが家においても例にもれず、小学4年生と2年生の息子達が、新聞に折込まれている大型玩具店のチラシを見ながら、あれがいいとか、これがいいとかいう話をしておりました。兄の方は、サンタクロースの正体を、自分の両親であると知っているらしいのですが、弟の方はまだ半信半疑の状態で、一所懸命に何処にいるとも分からないサンタクロースにプレゼントのお願いをしております。
 それを見ていて兄の方も、弟の夢をこわしてやってはいけないと一緒になって、サンタクロースにお願いをしておりました。そして、そばにいる私達に聞こえるようにわざと大きな声でお願いしている様を見ていて、私はとてもほほえましく、又、 幸せを感じたものでした。
 さて、考えてみると、たわいもない、こんなことが、人間の幸せであるかもしれません。正月に初詣をして、神様や仏様にお参りをするときも、人々が願うのは、家内安全であったり商売繁盛であったり、ほんのささやかな幸せをお願いしているのではないでしょうか。


 そしてそんなことを願う私達が、幸せの一番典型的な光景として想い浮かべるのが夏休みの家族旅行であったり、田舎に墓参りに帰ったときに一族皆が集ったことであったり、家族だんらんの様子ではないでしょうか。家族だんらん、これ程、ささやかで大きな幸せは(我々にとって他に)無いのではないでしょうか。
 ところが最近の人間社会の中でこの一番大切な幸せの基準が、非常にわからなくなってきてしまいました。一体人間にとって、何が一番幸せの基かが分からなくなってきてしまったのです。
 マスコミなどは21世紀の日本はこんな便利ですばらしい世界になるといいます。例えば、コンピュータネットワークにより家に居ながらにして世界の物品が買物できたり、見知らぬ外国の人と話ができたりなど云々・・・・・・。しかし、確かに、これは便利な社会だとは思いますが、これが幸せな社会だとは私には思えないのです。むしろ、この便利さが反対に我々の幸せの根本を知らないうちに蝕んでしまうのではないかと危惧してしまうのです。
 産業革命以降、世界の先進国で便利で豊かな社会を目指してまいりました。
そして確かにそのことが私達の幸せの基準と一致してきました。しかし、近年、こうした豊かさや便利さというものが人間の幸せとは必ずしも一致しない、いやむしろ、便利な世の中が、かえって不幸な人々をつくり出しているのかも知れないといった、近代社会に対する懐疑の念が世界中から湧き出してもきています。
 日本の社会は、戦後半世紀の間に急激な近代化を遂げた為、こうした矛盾もいたるところで出てきていると思います。
 人間は皆、幸せになりたいと願ってきました。そしてその為に働き、頑張ってきたのです。しかし、それでは何が一体幸せなのかということを、真剣に考えること無しに、便利な世の中・豊かな社会というものばかりに憧れてきたのではないでしょうか。
 幸せの青い鳥を探して歩いた挙げ句の果てに、帰ってきた家の中に青い鳥がいるのを見つけたという童話の「青い鳥」のように、結局、幸せというのは、私達の家庭の中に、また私達自身の中に有るものではないでしょうか。また幸せというのは何が自分達にとって本当の幸せなのかということを知っている人間にしか決して訪れないものなのではないでしょうか。私自身、家族全員で迎えるこの幸せをかみしめながら、新春を迎えたいと思います。
 これからも、生きて良かった長生きをして良かったと本当に皆さんが実感できるような社会になるよう微力を尽くしたいと思います。本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。

シリーズ教育 −家庭の教育−

21世紀を担う子供たちをどう育てるのか、ということで昨年の6月に中央教育審議会が第1次の答申を出しました。ここには「生きる力」をキーワードとして、21世紀を生きる子供たちに必要な学力やこれをどう育成するのか等の内容が盛り込まれています。そこには、学校教育の改革に触れ家庭や地域と学校が手を携えどのように子どもを育てていくべきか、また、その役割が今後どのように進められるのが望ましいのかが答申されております。今回はシリーズの最初であり、この答申を引用しながら家庭での教育、特に子どもの育て方を皆さんと一緒に考えたいと思います。

(1)これからの家庭教育とは

 少し話が固くなると思いますが、今は個人主義の時代だといわれています。戦後、昔の価値観が崩壊する中で、欧米から様々な価値が入りましたが、これが日本人に与えた精神的ショックは凄いものがあると思います。今の子供たち、我々大人も含めてこの個人主義や自由主義を、「何をしてもいいんだ」という形で理解していないでしょうか。欧米では、この個人主義の基盤には宗教という大きな道徳観があります。日曜日には教会に出かけ、常に教会という精神的な縛りが、個人の生活や行動を内面から規制しています。ここのところが少し、日本の多くの人々とは違うところではないでしょうか。ところで、家庭とはどんなものでしょうか。男女が結婚し社会的にも認められ、子どもを育てる。この我々が営んでいる「家庭」には、どんな教育的な意味があるのでしょうか。
 先の答申では、家庭教育こそすべての教育の出発点であると言っています。そして、21世紀を生きる子供たちの基礎的な資質や能力を育成することは、親子の愛情を基礎にした家庭教育においてこそ可能であるとしています。ところが、現実は受験競争や過度の学校依存のため、昔から家庭が行っていた子どもへの躾や、他の人への思いやりや情操の涵養、といったものまで学校に押しつける傾向があることが指摘されております。更に、子どもの教育や人格形成には家庭が最終責任を負うものであり、この責任を自覚し、家庭が本来果たすべき役割を見つめ直す必要があるとも言っています。
 これを言い過ぎだという考え方もあるでしょう。しかし、やはりここは今一度自分の足元を見つめるいい機会だと思います。先に個人主義の例を出しましたが、今の子どもの多くはこれを更に、利己主義と一緒にしている傾向がないでしょうか。また、親の方でも子どもの価値観を育てることに何か自信を無くしている、そんなことがないではないでしょうか。東京都の調査ですと高校生の3割がテレホンクラブを利用した経験があるといっています。実にショッキングな調査です。今のように情報が氾濫している時代には、子どもたちは興味本位から様々なことに反応します。しかし、それに染まってしまうか、踏み止まるかは子どもの価値観や自分の生き方をしっかり持っているかどうかに係わってきます。この生き方、人としての価値観を育てるところが、親と子の愛情であり家庭であろうと思います。

(2)家庭の「守・破・離」

 子どもを取り巻く環境も随分と変わってきました。学校で出来ること、家庭で育てること、この役割をしっかりと考え、互いに力を合わせることが必要です。 21世紀は情報化の時代とか超高齢社会、成熟の社会とか言われています。進歩のスピードは早く、子どもたちが学校で習う知識は10年も待たずに陳腐化し、社会に出てからも必要に応じて勉強しなければならない生涯学習の時代になります。このような時代に生きる子供たちに必要なのは、自分自身の力で課題を見つけ、解決していく力です。自分のよさを認め、これを伸ばしていく姿勢を育てることこそ重要であろうと思います。これは学校にだけ任せておくべき問題ではありません。よく親が子育ての自信をなくしているのでは、という話を耳にしますが、いま言ったようなことは、なにもそんなに難しいことではないと思います。親として許さないことは毅然として許さない、一線を引くべきとこは引くといった言葉だけではなく、態度で示す。こんな親子のコミュニケーションこそ、家庭の道徳感や人の生きかたを学ばせる一番大事なことだと思っております。
 例えば、「自分で好きなように考えてやりなさい」と言われるほど不安なことはありません。ゲーム機を買う、髪を染める、何か行動を起こすときは子どもはやはり不安です。何をどう考えるのかが不安なんです。この考えかたの基準を示すのが親の規範であり、考え方だと思います。何か形ある価値を親が示し、これに反発して乗り越えていくことがなければ、子どもの成長もありません。この親の価値こそ家庭の教育の根本であろうと思います。
 「守・破・離」という言葉があります。これは一つの型をまず勉強する。そして、自分のものにしてその殻を破り、更に自分の型を作っていくという意味ですが、家庭での親子の関係もこれと同じものだと思います。自分の子どもはこうあって欲しい。これを一つの形として与える、この形を破ることから子どもの個性が生まれると思います。中学生が髪を染める問題なんかも、これとよく似ています。それは校則、学校の規則で決められているからいけないと言うことしか言えなければ、親と子のある種の対決を親が避けていると言わねばなりません。家庭の価値観、親の価値観と子どもとぶつかり合い初めて、親の生き方や考え方が子どもに伝えられるだろうと考えます。

(3)親のハートと家庭のルール

 テレビなどで子どもの様々な問題がよく報道されます。何でそんなことが起きるのか、と思うのは私ばかりではないと思います。しかし、子どもが事件に巻き込まれる前には何らかの信号が送られていたのではないでしょうか。家庭で子どもの態度や言葉、服装行動にも様々な前兆があったのではないでしょうか。子どもから様々なサインがあったにもかかわらず、親が見逃していたということではないでしょうか。
 最近家庭の中で、親子の対話が無くなったなどはよく聞く話です。本当にそうでしょうか。会話のない親子などあるでしょうか。私はむしろ、子供たちがサインを出す場が少なくなってきたのだと思います。父親の多くは遅くまで会社で頑張ります。母親も子どもの塾や教育費等のためにパートに出かけざるをえません。家には1人1台のテレビの普及。当然親子で見る内容も違ってくるでしょう。親の願い・親のハートを感じる場が少なくなってきたと思うのです。親のハートを感じる場、それは言葉だけではないと思います。自分の横に親がいるという存在の安心感、これが大切だと思います。私がPTAの会長をしていて聞いた話ですが、大都市の子どもの3割近くが朝食も取らず登校しているそうです。近所のファーストフード店で、親子で朝食を済まし出かける現実があると聞きます。たまには仕方ないことかもしれません。それでも首を傾げることを禁じえません。最近家庭にはルールが無くなってきたのかなとも思います。子どもは父親を通して社会を見ます、社会の規範・ルールを見ます、母親を通して安心と心の安定を得ます。1年の初めに家庭のルールを話し合ってみてはいかがでしょうか。

 「SHOWYOU」では、これからも様々な話題を取り上げ私の考え方・価値観を皆様にお伝えしたいと思います。よく、政治家は公約を訴え、それを守らなくてはならないと言われます。しかし残念ながら最近ではそれを守られないのが政治家だとも言われます。しかし、私はどちらにも賛成できません。何故なら、政治家が本当に訴え、守らなくてはならないもの、それは個々の公約というよりむしろ、自分自身の信念そのものであると思うからです。これからも毎日の街頭演説や、この紙面を通して私の考え方・価値観を訴え、これを信念として磨き、確立させてゆきたいと思います。今後とも宜しくお願い致します。

大蔵政務次官

参議院議員  西田吉宏

明けましておめでとうございます。
皆様にはお揃いで佳いお年をお迎えのこととお慶び申し上げます。
私も皆様のお力添えに支えられながら、参議院議員として八度目の新年を厳粛な気持ちで迎えました。
新年にあたりまして、まず昨年10月の参議院議員選挙に際し、新しい選挙制度のもとで大変厳しい選挙でありましたが、自由民主党に対して皆様方から暖かい、そして力強いご支援をいただき、立派な成果をあげることができましたことに対し、深く感謝とお礼を申し上げます。
また、昨年11月第二次橋本内閣の誕生にあたり、私は大蔵政務次官を拝命いたしました。いまわが国経済はようやく明るい兆しが見えてきたものの、依然として低迷をつづけており、景気の回復を早急に図って行く必要があります。さらに大蔵省改革が強く望まれている時、その責務の重大さを痛感し、職務の遂行のために全力をあげて頑張っているところであります。
21世紀を目前にして、国際社会はさまざまな問題を抱えて低迷をつづけています。このような中で、わが国はいよいよ超高齢化社会を迎えるのであります。もうこれまでのような右肩上がりの経済成長は望めない状況の中で、今日の危機的財政を立て直し、安全で安心した生活を送ることの出来る社会をつくり上げていくために、山積する困難な問題を一つ一つ解決していかなければなりません。
そのためには、広く国民の理解を得ながら行財政改革を断行し、21世紀に対応できる国づくりを、推し進めていかなければならないのであります。第二次橋本内閣は「行政内閣」といわれております。私もその一員として微力ではありますが全力を傾注して期待に応えていく決意であります。
わが郷土京都も、荒巻知事を先頭にして、活力ある府政を展開されておりますが、今後さらなる進展のために、私も西田昌司府議会議員と緊密な連携をとりながら一生懸命に努力いたして参ります。

結びに、皆様方のご健勝・ご多幸をお祈りし、新年のご挨拶といたします。

平成9年 元旦

瓦の独り言

羅城門の瓦

 工事のカバーが取れて、新しい「京都駅」がその全容を現しました。およそ地上60m、東西500m、まさに平成の羅城門の感が在ります。
かつて平安京のモデルとなった中国長安の朱雀門(羅城門)には高さ5mもの城壁が長く続いていました。しかし異国民族の侵入の危険にいつもさらされていた中国と異なり、平安京は平和で羅城門は城壁を持つ必要がなかったのです。羅城門はフランス・パリの凱旋門のように交通の起点であり、平安時代に坂上田村麻呂が蝦夷征伐から帰ったときに通った凱旋門でした。
ところが現代の羅城門たる「京都駅」はJR東海道線といった城壁を備え、下京区と南区を洛中、洛外の様に分断しています。この現象は今に始まったわけではなく、明治10年に鉄道が開通し、京都駅が今の場所に設置されてからです。当時「七条ステンショ」と呼ばれ、烏丸通りの南端に位置し都の南正面を守る形と取ったのです。鉄道の開通によりかっての八条村、九条村、唐橋村の村域は分断され、六孫神社や偏照心院の庭園が消えてしまいました。当初、北側にだけ出入口が在り、南側は大正時代になるまで出入口が在りませんでした。南北の往来は狭い 道や踏切りで、ここを通れない荷車などは随分と迂回したようです。
鉄道線路は南側の住民にとって市内への大きな障害物になっていました。大正11年3月京都市会において「市南部の発展についての建議書」が提案され南北道路の確保を訴えていました。
さて、大正10年に国鉄東海道線が伏見大亀台を越えるルートから今の東山トンネルを通る直線に変更されるとき立体交差の話が在ったと聞き及んでおります。東山の峰を越えて京都駅を高架にし、桂川辺りで平地に下ろす計画だったようです。それを実行しておけば南北分断の問題点はないのですが、当時「汽車から他人の家を覗くとはけしからん」との反対に遭い、やむなく長いトンネルを掘って現在の状態になったそうです。
さて、新しい「京都駅」は国際化に向けたCAT(シティ・エア・ターミナル)機能や、文化ホール・ホテル、デパート、専門店などの入ったアミューズメント広場が出現しますが、全国何処にでもある駅前と、何処が違うのでしょうか。平成の羅城門たる「京都駅」は平安京のような機能を持つことが出来るのでしょうか。21世紀に向けての京都のランドマークになりうるのでしょうか。JR東海道線で洛外に分断された南区の住民にとって、非常に関心のあるところですが、こんな心配をしているのは羅城門の瓦一人だけでしょうか。

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