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創刊号

1994年09月01日発行

Show you (しょうゆう)発刊に当たり

京都府議会議員西田昌司


私が、会員の皆様のご支援により府議会に議席をいただいて、はや、4年半になろうとしています。
この 間の政治情勢は囲の内外を問わず、めまぐるしい変化を遂げてきました。そしてその際、合い言葉のように口にされたのが、ロシアではペレストロイカであり、アメリカではチェンジであります。さらに、日本では「改革」という言葉でした。奇しくも、同じ意味の言 葉が、世界中の多くの人々を引きつけたのです。しかし残念ながら、実際にその言葉通り、改革に成功した国はありません。これには色々な理由が考えられますが、こと日本においては、戦後50年間の歴史と過去をどの様に評価するのか、何を何のために、どの様に改革するのか、ということが何も論議されてきませんでした。
むしろ、手前勝手なだけの論議が行われ、それも政権をとるための手段としてしか利用されていないのが現実であります。マスコミもこれを煽ることばかりに終始し、結果としてイメージだけが先行する、そんな改革論議に多くの国民市民が巻き込まれてしまっているのが現実ではないでしょうか。

 このような空虚な論議を繰り返すときにも、「それでも世界はまわっている」のであります。そしてこれをまわしているのは、我々一人ひとりにほかならないことを忘れてはならないと思います。「政治は、自分達とは別の遠い世界のものだ」とか、「悪いのは政治家だ」とか、他人任せで、自分を正当化するのは易しいですが、結局のところ、この社会を動かすのも、社会の安定により利益を受けるのも、また、混乱により損失を受けるのも、我々一人ひとりなのです。

 マスコミの報道やイメージに踊らされるのではなく、自分の信する政治家としての道や、本質をつく論議や考えを、この紙面を通じて皆さん方にShow you(お披露目)させていただきたいと考えております。そしてそれが少しでも、皆様方の政治参加の一助になればこれほど幸せなことはないと思っております。

 さて、本年京都は建都1200年の節目の年を迎えておりますが、そのとりまく環境は、府も市も税収不足による財政難等大変厳しいものがあります。府民市民の生活と福祉の向上をもたらすものは共産党の言うような耳障りがいいだけの政策ではなくて、京都経済の活性化をおいて語れません。府民市民一人ひとりの家計や事業が発展してはじめて、府や市の財政も潤い、府民市民の生活と福祉の向上を実現することができるのであります。そしてそのためには、京都経済の中心である中小企業の発展が必要不可欠なのであります。

 今、戦後最悪の不況の中苦しんでおられる中小企業にもう−度息を吹き返していただくためには、今までのような制度融資の充実だけでなく、経営者の企業家精神を目覚めさせ、やる気を起こさせるような、新しいチャンスを提供しなければなりません。そして新しいビジネスを創り出すために、規制緩和、情報の公開、企業家の情報ネットワーク作り、これから来るべきソフト社会への対応など、これまでからも府議会で荒巻知事に要望をして参りました。また特に南区は中小企業の多い地域であります。これからも中小企業の発展と何よりも府民市民の生活と福祉の向上のため頑張る所存であります。 来年には政治家として3回日の審判を受けることになりますが、初心を忘れることなく、正論を語れる政治家になりたいと考えております。皆様方の変らぬご理解の程を心よりお願い致します。

板門店を訪ねて


去る7月26日から28日までの日程で、帝国のソウルと板門店に自民党府連青年局海外研修団の副団長として訪問をしてきました。ときあたかも、北朝鮮の核疑惑に世界中の緊張が高まる中、金日成主席の突然の死去の直後の韓国の視察は、日本の平和の成り立ちというものの本質を考える上で大変有意義であったと思っております。
 
 私が一番強く感じたことは、「平和は口で唱えるだけで叶えられる」ものではなく、現実には世界各国のパワーバランスで成り立っているのだということであります。いわゆる38度線、朝鮮半島を南北に分断する軍事境界線上の唯一の南北の対話の窓口となっている板門店に行くと、まさに、そうした感を強く抱くことになりました。僅か数十メートル前の境界線をはさんで同じ民族同士の南北の兵士が銃をもって対じする様を目の当たりにして、「第二次大戦後、世界中の地域や紛争は終戦を迎えました。しかし、只一つ休戦中という地域がある。それがここ朝鮮半島なのです。」というガイドの言葉が私の胸を強く締め付けました。

 韓国の首都ソウルは今年、定都600年という記念すへき年を迎え、さまざまな観光キャンペーンを展開しています。街中に車が溢れ、まさに「漢江の奇跡」と呼ぶにふさわしい繁栄ぶりを見せでいますが、ここから直線距離でわずか40キロ余りのところに、板門店はあるのです。同じ民族・兄弟が銃を向け合い、親・兄弟・親族が敵味方に分かれて殺し合った民族の悲劇が、過去の歴史ではなく、今日までも続く現実としてあるのです。この国ではまさに戦争と平和が隣り合わせで存在しているのです。そして、実は日本もこの国から飛行機で僅か1時間半もあれば行くことのできる距離にあるのです。戦争と平和が同居する国と隣同士で住んでいるのが、我が日本なのだということを一体どれだけの日本人が実感として自覚しているのだろうか、とふと考え込んでしまいました。

 平成の大不況と言われながらも、世界一の自由と繁栄を享受し続ける日本人。世界の外交官の間では日本人のことを「アヒルみたいな奴」と言っているということを聞きました。アヒルはなにかに驚くと、ギヤーギヤーと騒いで逃げ回った後、頭を土の中に隠して目と耳を塞いでしまいます。そうすることによって、あたかも恐ろしいもの、恐いものが何もないかの如く錯覚してしまう、否、錯覚しようと努力をするのです。しかし、すぐに捕まってしまうのですが、捕まらなければ、また同じように餌を求めて歩いていくのです。事件が起きるとすぐに大騒ぎをするくせに、喉もとを過ぎると、問題を解決するより、その事実から目を背け、まるで何もなかったかのように振る舞う日本人が、彼らには、臆病で利己的な肥ったアヒルに映るのでありましょう。

 太古より日本は大陸から多くのことを学んできました。朝鮮半島はその大陸との窓口であり、我々の文化のいわばルーツとも言えるところでもあります。しかし、実際には我々はこの最も近いこの国のことをあまりにも知らずに、いや知ろうともせずにきたのではないでしょうか。朝鮮半島の平和は日本の安全と平和に欠くべからざるものであり、日韓両国は否応なしに運命共同体としての位置にあるという現実を、認識しなければなりません。その国が、実はまだ終戦ではなく休戦状態であり、しかも今、北の核の脅威にさらされているということは、韓国の人々にとってはまさに自分達の生命の問題であり、日本の我々にとっても、生活の安定と平和に即結びつく重大事でもあります。


ところが、マスコミがセンセーショナルに取り上げ、北の核が手すぐにでも日本の平和を脅かすかのような連日の過剰な報道のまっただ中では必要以上にヒステリックな反応を示した我々日本人も、−ケ月も経てばそれはもう昔のこと、北の核の問題よりは近頃の天候の異常さ加減の方に興味が向いてしまう有り様です。マスコミの報道が少なくなると我々は次の出来事に関心を向けてしまいます。しかし、問題は何も解決していないのです。現実を直視すること、問題を解決すること、問題を解決する努力をすることなく、目と耳を塞いだまま只々、現実が過ぎるのを待っているだけで飽食の時代にかまけていては、アヒルと呼ばれても仕方がないのかも知れません。

 今回の韓国視察を通して私は、改めて囲際社会の厳しさを痛感すると同時に、戦後半世紀の間、国際社会の現実を直視せず、ひたすらお題目を唱えるだけに終止してきた日本の現状にうすら寒いものを感じたものです。国際化の時代とか、改革の時代とか言われていますが、今、国際化の時代に一番改革をしなければならないものは、現実を直視せず、また、本質を考えようとしない我々のものの見方そのものではないかと考え込んでしまいました。

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