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第47号

2006年04月01日発行

「中流」はどこへ消えたのか!
―経済の意味を考える―

京都府議会議員西田昌司

「勝ち組」と「負け組」


最近「勝ち組」や「負け組」という言葉を良く耳にします。「勝ち組」はヒルズ族と呼ばれる様に、六本木ヒルズのような立派なビルにオフィスを構えるような IT経営者、「負け組」は、ニートと呼ばれるような、就業も就学も職業訓練もしない若者達がその典型でしょう。確かに、ニートのように単なる失業でなく、働くことも学校へ行くことも含め、社会参加に対する意欲を喪失してしまう若者には困ったものです。しかし、「勝ち組」も、その代表がホリエモンこと堀江貴文前ライブドア社長では、決して「勝ち」とは言えないでしょう。彼は時代の寵児としてもてはやされました。しかし、その実態は、新しい産業を興したと見せて投資家からお金を騙し取っただけのことでした。彼の罪とされている粉飾決算、偽計取引、風説の流布とはそういうことです。つまり、単なる虚業家に過ぎなかったということです。
しかし、そんなホリエモンを未だに改革者だと信じている人が、意外に大勢いるようです。そして、その中に「負け組」のはずのニートや、フリーターと呼ばれる定職を持たずアルバイトで生活している若者が結構いるのです。その理由は、自分たちも何処かでチャンスさえつかめば、彼の様に一攫千金を当てることができるかもしれない、と密かに信じているからなのです。また、マスコミなどの中にも彼に同情を寄せる人が結構いるようです。彼らは、ホリエモンは確かに罪を犯したけれど、彼は日本の閉塞的な社会に風穴を開けたではないか、と評価をし、挙句の果ては、彼の罪は日本の法律が未整備なことも一因ではないか、角を矯めて牛を殺すようなことをしてはならない、と言う始末です。これにはあきれてものも言えません。何故、ホリエモンに対する擁護論が根強いのでしょう。そのことを考えると、今日の日本の姿が良く見えます。

日本型経営の衰退


ほんの二十年ほど前まで、日本は、国民の殆どが自らを中流と感じるほど、均質で豊かな社会を築いていたはずでした。アメリカを追い抜いて世界一の経済大国になったと、自他ともに認めるほどの繁栄を極めていたはずでした。しかし、それもバブル(あぶく)のように束の間のものに過ぎなかったのです。バブルが崩壊した後は、不況の坂をまっ逆さまに転げ落ち、日本人は、それまでの富も自信も一瞬のうちになくしてしまったのです。
つい先日まで、日本型経営をアメリカ型経営より優れたものとして自認していたにもかかわらず、今ではそれを否定し、アメリカ型に変えることを改革と称して、社会全体が一つの方向に進んでいます。「勝ち組」「負け組」という言葉は、そうした改革の結果、日本が熾烈な競争社会になってしまったことを象徴しています。

日本型経営とは、一口で言えば、安定した長期的利益を求めるものといえるでしょう。一方、アメリカ型経営とは、短期の利益を追求するものです。その背景には、両国の会社に対する考え方の違いがあります。日本では、会社は株主より従業員のものであると考える人が多いですが、アメリカでは会社は株主のものです。従って、日本では経営者は、利益をできるだけ会社に留保し、従業員の長期的雇用を確保しようとしてきました。それに対して、アメリカでは、利益は株主のものであり、できるだけ配当をしなければなりません。従業員の雇用より株主への配当が優先されるのです。また、日本では、熾烈な競争で共倒れするより、社会全体で利益を分かち合うことが優先されてきました。護送船団方式とも呼ばれ、国が業界に行政指導をしてきたのです。銀行や保険会社がその良い例です。そのため、金利もサービスもどの銀行でも同じで代わり映えしませんでしたが、逆にそのお陰で、倒産する銀行もなく、社会が混乱することもなかったのです。
ところが、東西冷戦の終結により、事態は一変しました。アメリカがソ連に勝ったということは、自由主義経済が計画主義経済より優れているということなのだと、殆どの人が無条件に思いこんでしまいました。これは、バブルの崩壊で自信をなくしていた日本にとっては、大きな衝撃になりました。殆どまともな議論のないまま、国民の多くが、行政主導を廃止し、規制を緩和し、競争原理により社会に活力をもたらすべきだと考えたのです。この結果、日本は、この十数年間の間に一挙に競争社会に突き進んでしまったのです。
 規制制をなくし自由に競争させれば、人間の能力が百パーセント発揮できるはずだ。チャンスさえ与えれば、誰だって成功できる可能性がある。政府が保証すべきはそのチャンスであり、結果ではない。こうした考え方が、この十数年で一挙に広がりました。ホリエモンも、ニートも、フリーターも、こうした社会の中から生まれてきたのです。誰もが、アメリカンドリームならぬジャパニーズドリームを夢見てきたのです。
 しかし、その結果は、格差社会と言われる弱肉強食の世界を作り出しただけであったのです。アメリカ型の経営をまねれば、社会もアメリカ型になるのは当然です。これは、アメリカ型社会を簡単にまねてしまったことによる悲劇です。
 ところが、それに気付いて目を覚ますどころか、未だに模倣し続けようとする人の多いのには困ってしまいます。「負け組」でも、もう一度やり直しがきくようにセーフティネットを設けるべきだというのは、その典型です。セーフティネットよりも、「勝ち組」「負け組」という熾烈な競争社会を作り出したこと自体を、見直すべきではないでしょうか。
 経済という言葉は、経世済民という言葉が元になっています。その意味は、民を救済し世の中を納めると言うことです。かつて、殆どの国民が中流を意識する社会は、まさに、この言葉通りの経済政策が実現していたと言うことです。私たちは、経済という言葉の意味を、今一度見直すべきではないでしょうか。



「東横イン」の不正改造問題について
東寺の風見鶏

最近、京都市内で銀行や会社の跡に、高層のマンションやホテルが目立ってきて、街中の風景も様変わりしてきました。特に主要な鉄道の駅の近くには、全国チェーンのビジネスホテルがいくつも建てられ、しかも近年の京都ブームや宿泊料の安さから高い稼働率となっています。これも、気軽な京都観光の助けになっているのかなと思っていました。


ところが、1月27日付け朝日新聞に、京都市内にも3店舗あるビジネスホテルチェーン東横インが、横浜市に今年初めオープンしたホテル建設において、法律や条令で義務付けられている身障者用設備や駐車場を設けた建物をいったん建てながら、市などの完了検査直後にこれらの設備を撤去改造して開業していた記事が掲載されまた。まだ、テレビや新聞において耐震強度偽装問題が取り上げられている最中のことでした。
 東横インは、電気工事会社を経営していた西田憲正社長が昭和61年に設立した、家主から土地を借りて家賃を払い、建設と運営だけを担う方式を導入したホテル運営会社です。昭和61年に設立後、京都においても平成10年に四条大宮店、13年に五条烏丸店そして14年に四条烏丸店をオープンさせ、短期間に全国で約120店舗のビジネスホテルの全国チェーンを築いています。ローコスト経営を掲げ、シングル一泊は、朝食や新聞などが無料で4千円代からあります。ホテルの建物の建設においては、本体の工事は大手ゼネコンに発注しますが、設計及び機械設備、内装等を自社グループが行い経費を圧縮しています。
 またホテルの運営においては、支配人は全て女性で、女性パートも積極的に雇用しています。 この新聞記事やその日に行われた社長の「身体障害者の利用が少ないので改造した。」「時速60キロで走るところを67,68キロで走っていいかと思っていたのは事実。これからは60キロで走りたい」等の障害者への配慮切捨ての開き直り会見を受け、国や自治体は東横インが全国に展開する120のホテルについて法令違反に当たるような不正改造が無いかどうか、立入検査を含めた本格的な調査に乗り出しました。その結果、全国にある122物件のうち77件で完了検査後に改造が行われ、うち60件で建築基準法や建築物を高齢者や身体障害者に使いやすいようにすることを目的としたハートビル法や駐車場条例の法令違反が確認されました。2月6日に、社長は一転神妙に謝罪をしましたが、調査中の2月2日に東横イン神戸三ノ宮?が身体障害者用施設の設置を定めた兵庫県の条例に違反したまま開業しています。この様な矛盾した対応には、あきれるばかりです。


さて、このように日本の企業経営者が、金銭至上主義により同種の問題を頻繁に起こしていることや、これほどあきれた経営者のホテルであることが分かっていても、利用料が安く使いやすいと利用する客が減らないことや、この様な事件が起こったとき罰則の強化で防止を行おうとする風潮などは、日本の古き良き道徳が、アメリカのグローバリズムの戦略により廃れてきた現われではないでしょうか。つまり、これからの日本の進むべき道は、このような延長ではなく、日ごろから西田府会議員が伝えようとしている「美しい精神(こころ)と自然(こくど)」の継承ではないでしょうか。

瓦の独り言
羅城門の瓦
日の丸飛行体は何処へ

札幌オリンピック〔昭和47(1972)年〕のスキージャンプ70メートル級(今のノーマルヒル)で笠谷(金)、金野(銀)、青地(銅)の3名がメダルを獲得し、センターポールに日章旗が3本占めたことを覚えている方がまだ多数いらっしゃるはずです。以来、冬季オリンピックやワールドカップでは日本のジャンプ陣を「日の丸飛行隊」と呼ばれるようになっています。8年前の長野オリンピックでも団体で悲願の金メダルを獲得し、個人でもメダルを獲得しています。
 ところが、トリノでは・・・・。長野オリンピック以後ルール改正が行われ、その対応がまだ出来ていないとか。若い選手が育っておらず、世界の強豪国に比べあまりにも高齢(失礼)の選手陣で臨んだようで「ロートルジャパン」と皮肉られたとか。なぜ、若い選手が育たなかったのでしょうか? オリンピックはアマチュアのスポーツです。選手は学生か企業人ですが、ウィンタースポーツは我国では北日本に限られており、地域性が出てきます。


 長野オリンピックのときの原田、岡部、斉藤の3人は雪印乳業に所属をしていましたが、その雪印乳業がスキャンダルを起こすと共に日の丸飛行隊も失速していきました。企業がスポーツ選手を強化しなくなれば、選手は別の企業へ移らなければならず、環境、待遇もかなり変わってしまいますが、我国を代表するアストリートならコンデションの維持は出来るはずです。しかしトリノでは原田はバナナ1本の体重が足らず、失格となりましたがオリンピックに臨むアストリートとしてはあまりにもお粗末過ではないでしょうか? それも雪印乳業という企業から出てしまったためでしょうか? 企業単位の選手強化にはもう限界が来ているのではないでしょうか?
 それに比べて、フィギュアスケートはNPO組織の連盟による新人発掘から育成が功を奏して、時間はかかったが、荒川静香の金メダルとなったようです。もしかして、「メダルがゼロ」とささやかれていただけに、静香ちゃんの金メダルを喜んでいるのはのび太君、ドラえもんだけでなく、日本中の国民でしたね。

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