総裁候補に本質的な相違点はあったの
テレビの討論番組で、自民党総裁候補の四氏がそれぞれの政権を述べていました。小泉総理は相変わらず、自らの構造改革こそが景気回復のためにも必要だという持論を展開していました。他の候補者は、現実の景気の悪さを指摘し、急激な構造改革が社会を混乱に陥れていることを批判していました。特に景気の後退期に緊縮財政を行なう愚を指摘し、小泉内閣の経済政策を変更しない限り、景気の回復はないということ強調しました。しかし、その一方で、では財政再建はしなくて良いのかと小泉総理に切り返されると、改革自体は必要なことであると言い、小泉改革はその順序が間違っているのだと言うのです。また外交姿勢において、小泉内閣がアメリカ追従に過ぎるのではないかと言う批判が、各候補から指摘されました。しかし、小泉総理から、ではアメリカとの協調以外にどんな選択肢があるのかと開き直られると、どの候補もそれに明確に反論することはできなかったように思います。各氏とも日米同盟が外交の基本であるし、日本の国益であると言うのです。
こうした各候補のやり取りを見ていて、私には各氏と小泉総理との明確な相違点は殆ど見えてきませんでした。むしろ、その類似点のほうが際立っていたように思えたくらいです。つまり、構造改革について三氏とも小泉総理を批判しているように見えますが、それは現状をあまりに無視した小泉総理の頑なさに対してであって、「国から地方へ、官から民へ」と言う小泉改革の方向性については、三氏とも基本的には異論はなかったと思います。結局、どの候補も本質の部分では殆ど相違がないと言うことなのです。もっとも、同じ政党の中での総裁選挙ですから本質的に大差が無いのは当然ではあります。しかし、小泉総理が訴え、また、行ってきたことは、まさに自民党を壊すと言うことであったはずです。その政策と他の三名が本質的に似ていると言うことは、一体どういうことなのでしょうか。
総理に必要な理念と資質とは
自民党総裁選挙とはとりもなおさず、総理大臣を選ぶことです。そのことを踏まえて司会者が各氏に、総理大臣に一番必要な理念と資質を質問をしました。それに対して、各氏は概ね次のような返答をしました。小泉総理は、「それは使命感と実行力です」と答えました。亀井氏は「人間愛です」と言いました。恐らく、人間は強者ばかりではない、小泉総理の構造改革では弱者は切り捨てだと言うことが言いたかったのでしょう。藤井氏は、「リーダーシップと決断力です」と答え、高村氏は、「使命感プラス洞察力です」と言い、さらに「いたずらに使命感ばかりが先走ると方向を見誤り、国民にとっては不幸なことです」と続けました。小泉総理に対する痛烈な皮肉を浴びせたのです。私は、この様子を見ていて唖然としました。それは、一国の総理に必要なものは聞かれて、誰一人として、「それは歴史観であり、国家観であります」ということを述べなかったからです。確かに、各氏の意見はそれぞれ政治家にとって必要なものであるには違いありません。使命感もリーダーシップも決断力も洞察力も勿論大切な資質です。しかし、それ以上に、いやそれ以前に首相として必要なものが国家観であり歴史観です。そして、小泉総理の唱える構造改革の本質的な問題こそまさに、そこに国家観や歴史観の欠如しているということなのです。経済政策の過ちも、単にマクロ経済が分っていないと言うことではありません。構造改革そのものが歴史観と国家観の欠如による病的破壊行動なのです。小泉総理にとっては破壊こそが改革なのです。だから、デフレにより企業倒産が増えようとも、それは現状を破壊している証拠であり、改革が進んでいるしるしでしかないのです。他の候補の言うように政策の順序を変えて、まず財政支出を行い、景気を回復させ、その後に財政再建をしたのでは、現状の経済の仕組みが破壊されず、それでは改革と言えないということなのです。また、小泉総理が日米追随外交に疑問を抱かないのも、日本人としての国家観や歴史観が欠如しているからなのです。靖国神社への公式参拝を訴えながら、平気でそれに代わる追悼施設の建設を検討するという姿勢が、そのことを如実に証明しています。
従って今回の自民党の総裁選挙で争点とすべきは、小泉総理には国家観と歴史観が欠如しており、それは総理としての資質を著しく欠いているということではなかったでしょうか。そして、他の候補が訴えるべきは自らの国家観と歴史観であったはずなのです。ところが、今回の議論を通じて、小泉総理のみならず、他の総裁候補も誰一人そのことを訴えていなかったのではないでしょうか。(亀井候補は多少こうしたことに触れようとしていたようですが、残念ながら明確には伝わらなかったように思います。)このことは、党員の一人としてまことに慙愧に堪えません。
巧言令色鮮(すくな)し仁
自民党の総裁選挙は予想通り小泉総理の圧勝で終わりました。恐らく、国民も小泉総理と同じく、現状を破壊することこそ改革だと信じているからなのでしょう。これでは日本の将来は心許ない限りです。先に総裁選で小泉総理と争われた三氏の主張が、結局は小泉総理と本質的には違いがないということを申しました。それどころか実は、野党の民主党とも大差がないのです。確かに民主党も小泉総理の構造改革を批判しています。彼らは、小泉内閣では抵抗勢力が邪魔をして改革が進まないが、民主党にはそういうしがらみがないから自民党より早く、且つ、徹底的に改革ができると主張しています。しかし、これもつまるところ、改革の方向性では小泉総理と変わらないということです。つまり、小泉総理も総裁選挙に立候補した他の三氏も民主党も、改革の方向性では殆ど明確な違いはなく、その手法が一番性急なのが民主党、一番慎重なのが他の三氏ということになり、結局小泉総理が一番中庸ということになってしまいます。つまり、三氏は勿論のこと民主党も構造改革を批判しているようで、実は、本質的には肯定しているということです。今の日本の問題点は、与野党ともに歴史観や国家観という根本的視点が欠如しているということなのです。そのため、目先の改革論議にしか視点が向かず、結果として現実の社会を破壊することしかできなくなっているということなのです。これでは日本は救われません。
この秋には衆議院選挙が、そして、来年には参議院選挙が予定されています。与野党ともにマニフェストという政権公約を有権者に示して支援を訴えています。マニュフェストは今までの政権公約より具体的に内容を記載し、その公約の達成年限まで明記することにより、有権者に政策の違いが理解しやすくなるはずだと各政党とも意気込んでいます。しかし、そんなものをいくら作ろうともなんの効果もないでしょう。まさに、「巧言令色すくなし仁」です。多くの言葉を並べ立てるより、たったひとつの真実の言葉が必要なのです。政治家にとって真実の言葉とは何か。それを知る政治家の登場が待たれます。そのためにはそれを知る国民が必要なのです。
(上記の論文は、西田昌司連載中の雑誌「発言者」平成15年11月号より抜粋、加筆致しました)
座談会
「"Showyou" を支える活動」
1 失われたのは10年か50年か
最近「失われた10年」という言葉をよく耳にします。しかし,「何を失ったのか」はよく検証する必要があります。デフレや個人消費の落ち込み,株価の下落等々。確かにバブル期は異常でした。だけど,不況があまりにも長く続き,これが当たり前になっている。もっと胸を張って歩けるような,そんな元気のある政治を期待します。
ノーベル賞の受賞や「千と千尋」に代表される映画などはがんばっていますよね。だけど,根本的なところで文化や伝統といったものはどうでしょう。京都と言えば,すぐに寺や神社を想像します。だけど寺の伽藍は里山の風情が背景にあって,初めて生きると思うのです。私たちの足元の文化,生活に根ざした伝統をもっと大切にしたいですよね。「伝えよう美しい精神(こころ)と自然(こくど)」は,全国すべてに通ずる普遍的な価値です。
2 新たなリーダー像として
「マニュフェスト」が喧伝されていますが,昌司議員にはもっと根底のところ,人や国,歴史といったこの日本の存在に関わるものを見据え,発言する政治家を目指しいてほしいと思います。「日本のあるべき姿」を基軸にした政策を大胆に,かつ,英知を持って取り組む。言葉だけではない,そんな「真の政治家」を期待します。
前回の選挙では,国の在り方や歴史観が,福祉や教育の政策には必要であると訴え,最高得票で当選されました。私たちはそんな先生の熱情と心意気を大切にし,これを具体化するお手伝いが出来ればと考えています。そのためには,「あるべき姿」と同時に「行動目標」として訴えることも必要と思います。Show Youはこの目標を分かりやすく伝えるために,紙面の改革やパンフレットの刊行などを模索していきたいと思います。
3 地縁を大切にした組織の発展
京都は古都であると同時に,宗教・教育・文化・産業・芸術などの側面を持った現在の主要都市としての役割を果たしています。東京遷都の後も,疎水の開削・発電・市電や小学校の建設と日本の近代化を町の人々の力で成し遂げた歴史を持っています。この活力は今も生活の中に流れていると思います。
郷土とは個人の生まれ育った地域だけでなく,先人たちが粉骨砕身した歴史を積み上げた土地でもあります。今の自分だけが居るのではない。両親祖父母が築いてきたその土地と歴史の上に今の自分が存在している。私たちはこの「バトン」を次代へと受け渡す責任がある。「郷土の叫びを国政へ」と支えた先輩たちの思いを受け継ぐ責任があると思っています。
地縁を大切にするとは,先達の思いと苦労がこもったバトンを大切にすることだと思います。
4 若者たちで京都会館をいっぱいに
政治に関心を寄せる学生達のインターンシップを受け入れ,昌司議員の身近な姿を通して,議員の人柄や政治信条に触れてもらう。こんな試みも2・3年前から行っています。先生も学生たちの集まりには必ず顔を出し,政治姿勢だけでなく生き方も語る機会も増えました。これらの話を整理し,理念と具体化の過程,批評等も盛り込んだ小さなパンフレットを発行できないかと考えています。機関紙(Show you),本の発刊(政論?・?),昌友塾,講演会と数多くの発言の機会を持ってきましたが,若い人達との膝つき合わせた討論を積極的に行いたいと思います。
このため,大学のサークル活動や研究会活動にも積極的に出向き,彼らとの心のキャッチボールを行いながら,青年達との交流を図っていきたいと思います。かつて西田事務所にインターンとして来た学生を中心に,呼びかけを行っていきます。
樋のひとしずく
羅城門の樋せ
--アンデスに生きていた団魂世代の片思い--
1年前「アンデスの国の海軍」を書きました。歴史に息づく誇りと愛着を,人々は「白い軍服」に重ねているように思いました。その際に,「ボリビアという国は何処にあるの?」と聞かれました。南米とは分かっていても,遠い国ですよね。そこで今回は,名所案内から。世界一高所にあるチチカカ湖は有名ですね。剃刀の刃も通さない石建築のプレインカ文明や塩の湖(ウユニ)も有名です。しかしなんと言っても,我々羅生門(団塊)世代には“チェ・ゲバラの終焉の地”と言う方がインパクトを持っています。(尤も,子供は彼の名前も知りません。彼の話をしたら「本棚に入っている人」と言われました。私達には現実でも,今の世代には歴史の人物ですね。少し寂しい気もします。)
この7月の末,ラパスのあるスペイン料理店に行きました。ふと壁を見ると,そこに三人の肖像画が飾られていました。シモン・ボリーバル,スクレ総督,そしてチェ・ゲバラです。先の二人は,ボリビア独立の志士です。ボリーバルは国名にも残るラテンアメリカ独立の父であり,スクレは貧弱な植民地軍を率いてスペインの大軍を撃破した英雄です。しかし,葉巻を咥えたゲバラの画は,少し違和感を与えます。
彼はアルゼンチン生まれの医者で,カストロ達と一緒にキューバ革命を戦ったことで知られています。そしてキューバ革命が成った時,カストロと袂を分かち地位と安寧を捨て,再び南米各地の軍事政権に戦いを挑みます。1960年代後半に多感な時期を送った人間にとって,ゲバラは共産主義の革命家としてよりは,むしろ軍事政権によって抑圧されていた農民や民衆を解放するというイメージがぴったりします。最後は農民による密告で,20数名の同志と共に銃撃戦の硝煙の中に消えていきました。
「え,このボリビアで!」と思った私は,同行していたボ国の友人達に聞きました。「我々の世代には英雄だが,この地ではどのような存在なんだろう?」。曰く「彼を殺したのは我々だが,この国を変えようと思う人間には,今でも英雄だ。私の心の中にも生きている。」他曰く「私にとっては,彼は共産主義者ではない。変革の人だ。」「いや,私は彼が英雄だとは思わない。この国にとって重要な人物だが。」云々。閉店まで論議は続きました。後日訪れた大学の壁には手書きの彼の肖像がありました。そして,ある先生のバイクにはステッカーが目立たないように貼ってありました。
彼が南米の地で,世界革命を夢見たのか,軍事独裁政権の抑圧や荘園制と変わらない名ばかりのプランテーションから小作農を救済したかったのか,今となっては知る由もありません。しかし,若き医者が貧しい人々を病苦から救済しようと苦悩する中で,民衆を救済するにはその背後にある大きな不条理(貧困と抑圧)からの解放こそ,自分の生きる道と信じたことは想像に難くありません。
私達の世代にとって,主義思想は違っても,この強烈なメッセージは新鮮でした。彼が斃れてから約半世紀が過ぎ,共産主義は歴史の世界へと退場しました。国際資本主義が世界金融資本に取って代わられ,米国一極集中型のグローバル社会が出現しています。彼の存在は過去のものとなりましたが,その生き方は何故か団塊世代の心を敲きます。「人生ぼちぼち日暮れ時」を迎える世代にとって,「人生どう生きるか」を考え直す一つのきっかけではありました。(「どう生きたか」には,まだ少し時間を下さい。)
私が日本に帰る前日,一つの包みが届きました。そこにはゲバラのTシャツとキューバの硬貨が入っていました。そのコインには,次のような言葉がゲバラの肖像と共に彫られています。「PATRIA o MUERTE(愛国か死か)」う~ん。彼はこのカストロの言葉を何と聞くだろう。心中複雑な思いで機上の人になりました。