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第33号

2002年10月10日発行

北朝鮮問題を考える …国交「正常化」とはどういうことか…

京都府議会議員西田昌司

去る9月17日、拉致事件の解決のため、小泉首相が北朝鮮に訪問されました。結果はご存知の通り、5人の生存が確認されたものの、8人が死亡という誠にショッキングなものでした。北朝鮮の金正日総書記は、今まで完全に否定していた拉致事件に関して、北朝鮮の特殊機関による犯行と認め、謝罪をしました。また、不審船事件も北朝鮮のものと認め共に再発させないことを約束しました。核・ミサイル問題ではミサイル発射の凍結を2003年以降も延長すると言い、核開発疑惑を払拭するため国際原子力機関の核査察を受け入れる意向を発表しました。

これは、今まで北朝鮮がとってきた態度と180度方針転換をするものでした。難交渉を予想していた私は、いささか拍子抜けの感さえあるほどでした。そういう意味では、小泉首相の決断により日朝関係は大いに進展したとも言えます。しかし今回の訪朝の結果、本音の部分で多くの日本人は、なんとも言えない憂鬱な気持ちになったのではないでしょうか。特に、25年前、13才の時拉致された横田めぐみさんのケースなど、酷過ぎて言葉もありません。娘は十年も前に既に死亡し、15才になる孫がピョンヤンに暮らしているというニュースを聴かれたご両親や家族のお気持ちを考えると、胸が詰まる思いがいたします。

 しかし、その一方でいわゆる過去の問題については、首相が「痛切な反省と心からのお詫び」を表明して謝罪をし、国交正常化後、無償資金協力金協力などの経済支援を約束したのでした。そのため、北朝鮮と国交正常化した後、日本は、北朝鮮に対し経済援助など多くの支援をすることになります。これは、韓国や中国に対するものと同じです。

 北朝鮮訪問を考える上で一番の大切なことは、今までの日本の外交姿勢では問題は何一つ解決できないということです。そもそも、韓国や中国との現在の関係がは果たして「正常」な外交であるのでしょうか。両国に対しては、多大の経済援助をこれまでもしてきました。その結果、両国の経済復興が成し遂げられたに間違いありません。にもかかわらず、両国から出てくる言葉は、日本への果てしない謝罪要求ではなかったでしょうか。その上、歴史認識の問題では絶えず日本に対して圧力が掛けられ、その結果、日本の歴史教科書はこの数年であまりに酷いものになってしまいました。また、国を守るために命を投げ出された先人に感謝の気持ちを表すことは、国民として当然の事です。どの国においてもそのための施設があり、英霊はそれぞれの国の伝統に従って祭られ、日本ではそれが靖国神社になっているのです。このことに対しても両国からクレームがつき、日本では国を代表する政治家が、事実上自由に参拝できない状態になっています。また、中国とは国交正常化30周年になりますが、先日の瀋陽の総領事館の事件にもあるように、完全に日本の主権を無視するような行為が相次いでいます。このように考えてみると、国交正常化と言うものの、実体は日本にとっては、まったく正常な状態とは程遠いものではないでしょうか。つまり、「正常化」という言葉が意味するものは、日本を敗戦国としての立場に押し込めることを意味するものなのです。勝者が敗者を裁くという政治的な見せしめがいわゆる東京裁判であったのですが、その枠組みの中に日本を押し込んでおくということなのです。敗戦国には、主権など認められないのでしょうか。

 これでは日本人が納得できないのは当然です。勝者にとって都合のいいように歴史を語ることは、歴史上よくある話です。まさに勝てば官軍なのです。しかし、だからといってそれにいつまでも屈していたら、敗者は未来永劫に敗者であり続けなければならなくなります。これでは敗戦国には主権国としての未来はないことになります。

 その上考えてみれば、そもそも日本は韓国や北朝鮮とは戦ってないのではないでしょうか。当時、ロシア南下の圧力のもと、韓国とは話し合いで日本との統合の道を選んだのではなったでしょうか。そして、彼らと一緒になって戦ったのは、アメリカであり中国でした。しかし、その中国も今の中国ではなく、蒋介石の中華民国であります。今の中国は中華人民共和国であり、中華民国と内戦に勝利した結果、大陸を支配することになった国なのです。そして、いわゆる日中戦争と言われている時代には内戦のため、蒋介石の中国は当事者能力が既に無く、毛沢東の中国は未だ国としては認められていない状態で、ある意味では日本は、こうした中国の内戦に巻き込まれたという見方も出来るのではないでしょうか。

 このように考えると、「正常化」という名の下ににされてきた、韓国や中国との外交方針や歴史認識は、まったく日本側にとって一方的に不利なものであるということが分かります。それをこれから北朝鮮にまで適用して行くということでは、最初から日本人が納得できるはずが無いのです。

小泉総理は日本の総理として始めて北朝鮮の拉致問題に真正面から取り組まれました。その政治姿勢に対して国民は期待をし、小泉総理への支持率も上昇しました。しかし、この問題を解決するためには、今までの日本の外交姿勢を根本的に見直し、東京裁判による体制から脱却することを掲げる以外方法は無いのです。勿論、これはそう簡単には出来ないでしょう。北朝鮮だけでなく韓国や中国からの反発もあるでしょう。また、日本は今、連立政権であり、こういうことを掲げては、小泉総理の国内の政治基盤自体が維持できないでしょう。

 だからこそ、われわれ国民一人一人が、日本の戦後体制に対して見直すべきだとの声を上げなければならないのです。小泉総理を北朝鮮に突き動かしたのもそうした国民の声であったように、われわれ一人一人が目覚めなければならないのです。そうでなければ、この先日朝間の交渉の行く着く先は、結局北朝鮮の金正日政権の延命に手を貸すだけという、われわれにとって最悪の結果になりかねないのではないでしょうか。



「思いやりの心を忘れずにいたい」

坂 田 晃 啓(てるひろ)
昭和40年10月12日生れ:一級建築士 洛南建設株式会社勤務 昌友会会員

 若手昌友会々員を“地域でガンバル人”に取り上げました。実務に追われながらも着実に夢を実現させる所にガンバリを感じました。“独身・お嫁さん募集中!” も大きく書く事を約束して取材させて頂きました。





受注としては個人住宅が半分を占めます。その他は公共工事・工場・オフィスビル・店舗・リフォームなどを請け負っています。私の仕事は営業・設計・見積り・現場監督・不動産業務までと、あらゆる業務をこなしています。不動産部門もありますので街づくりをトータルコーディネートできるのが強みです。

お陰さまで仕事の半分は以前に何がしかお取引をいただいた方々です。これは創業以来「お客様の立場になり、思いやりを持って接する」という姿勢がご評価いただいてるのだと思います。

建物を作ると言うことは、人にどのように信頼されるかと言うことに尽きます。特に個人住宅では「施主」と呼ばれるお客様の家庭で合意がうまく行くように、タイミングを計りながら話を進めなくてはなりません。「希望通りの物が出来るのではなく、期待以上のものを御作りする」。これで「良い物を作っていただいたと」お客様にご満足いただけるのです。勿論予算がある仕事ですから、お客様が何を希望されているのかを一緒に考えていきます。お客様の言葉通りを実現するのではなくその話の中からお客様が何を求めておられるのか、聞き出す事が大切だと思うからです。工事が始まる前には現場のご近所の方々に十分ご理解をいただきます。全ては「お客様の立場になり、思いやりを持って接する」の原点に立つことから始まるように思います。

建築の仕事は分業ですので、私自身も最後まで通して現場を見ることはまれです。そんな中でも市内で建設した4階建ての診療所では、一つ一つ問題を片付けながら4ヶ月間現場監督も務めました。無事お引渡しが出来た、思い出深い仕事です。その現場も含め、全ての現場を毎日欠かさず回る社長の姿勢や事務方の支えにより普段の業務が滞りなく進んでいるのだと思います。

事務所の2階にはモデルルームを常設しております。また、お客様のイメージを形に変える為、コンピューターによる建築用キャド(CAD)の導入を準備しております。

やはり景気の話からすれば厳しい局面が続くと思います。お客様の満足がかなえられるところしか生き残れない事も確かですが、お客様に支えられているという思いは一層大切にしようと思います。私ども洛南建設が居を置く南区、殊に唐橋地区は地元の方が多く、そういう意味合いからも地元の方々に支えられているのだと思います。

昌友会に入会するきっかけは近鉄東寺駅前、早朝独り黙々と演説する西田昌司府議の姿に感銘を受けたからです。 秋田昌友会々長の勧めもあり入会いたしました。何かしら、苦境を切り抜けてゆく人や思いやりのある人に尊敬や親しみ・共感を受けます。それは、私の父を見ているからだと思います。父が18歳の時に祖父か亡くなり、祖母と父で7人の兄弟の成長を見守って来ました。その祖母が残した言葉が「倹約して活きなさい・人には思いやりをかけなさい」と言う言葉だったと聞いています。父は毎朝表を掃除します、出勤する社員の皆さんや通行する人達が少しでも気持ちいいようにと。今それを私が継がせて頂いています。

スキュウバーダイビングに興味があり始めました。まだ耳抜きもうまく出来ないくらいですが。映画も好きでよく出かけていました。「愛と青春の旅立ち」が今でも一番心に残っていますね。昨年からは唐橋消防分団に入団しましたが、まだまだ新米です。仕事を大切にしながら西田昌司府議を始め地域の方々と今後益々お付き合いいただきたく思います。

羅生門の樋のひとしずく
羅城門の樋

−アンデスの山の海軍−

 この夏、海外協力援助の仕事で、、南米ボリビアのに行く機会がありました。その時見たことを少し紹介したいと思います。
 私が入国した翌日は建国記念日で、街では様々なパレードが行われにぎわっています。その朝のことです。まだ早朝でしたから、ホテルの窓から見える光景は、5千メートルのアンデスの山並みと抜けるような青空だけです。その景色にウットリしていると、マーチの音が響いてきました。窓の下には、軍楽隊を先頭に純白の服にサーベルを持った士官とこれも真っ白なセーラー服を着た兵士が行進の演習をしていました。「ああ、今日の練習か」と思ったのですが何かしら心にひっかかりました。それが何か気付かないままに、知り合いの行政官との会合に出かけました。
 仕事の調整の後、「今日は休日だから」と言って、私をパレード見学に連れて行ってくれました。目抜き通りは、既に沢山の人が着飾って並んでいます。パレードは、華やかなバトンフラワーを先頭にした学校の生徒や団体のものがありましたが、やはり行進となると一糸乱れない軍のものに、人々の人気は集まります。その中でも人々の拍手と声援が大きくなったのは、早朝窓から目にした白い服の一団でした。
 その時ようやく心に引っかかっていたのもに気が付きました。何故、この国に海軍があるのだろうかと。エリザベス?世が、唯一征服できない国として自国の世界地図から消してしまった逸話が残っているほどです。(無敵艦隊を派遣できない海のない国という意味です)私は彼に質問してみました。彼は威厳に満ちた顔をで言いました。「私の国と国民の誇りです。今海はありませんが、昔はありました。」かつて、4度の隣国との戦いに敗れ、海はなくしたが、国としての誇りは、今も持ち続けているということでしょうか。
 この話を聞いているとこんなジョークを思い出しました。まだ、ソ連があった時代のチェコスロバキアの国会での話です。
 
 「議長同志。我が国も海軍を創設しようではないか。」
 「議長同志。我が国には海がない。なぜ、海軍を持つ必要があるのか。」
 「議長同志。我が友邦、ソ連を見よ。かの国には文化省があるではないか。海がないからと言って、海軍を持たざる理由はない。」
 
これは、「プラハの春」をソ連の戦車で蹂躙された国ならではの、ジョークです。
 アンデスの5千メートルの山々がそびえる中で、(ちなみに首都ラパスは、富士山より高く3800メートルの高さにあります)海軍は国民の誇りとなっています。海軍があることが、かつての南米の大国であった証なのかもしれません。高山の国にもかかわらず、また発展途上国としての困難を抱えながら、アンデスの海軍は国民から支持され、精神的な支柱として存在しています。その純白の服に歴史の重みと国民の思いを重ねています。石油や天然ガス、鉱物資源に恵まれながら海がないために活用できない現状と栄華の歴史を、その白い服は映しているのでしょうか。

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