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第32号

2002年07月01日発行

国家として守るべきものとは何か

京都府議会議員西田昌司

中国の武装警官が日本総領事館に入り、亡命を求めて駆け込んできた北朝鮮の親子五人を連行していくという事件がありました。中国の武装警官が領事館の中に入ってくるということ自体も問題ですが、もっとよく考えなければならないのは日本の領事館や大使館という治外法権で守られているはずの国の施設や機関をいったい誰が守るのかということです。本来大使館や領事館には、その国の警察や軍隊を派遣して守っており、その中には接受国とはいえ現地の軍隊や警察権は及ばず、今回の事件のように現地の武装警官が入ってくることなどありえないことなのです。

にもかかわらず、今回のような事件がおきたということは、つまるところ大使館や領事館という日本政府の外国での出先機関の治安の維持が、まったくもって不十分だということなのです。そして、このことが意味するところというのは、国民の生命、財産、名誉を守るというのは日本の政府として、一番の責務であるにも関わらず、それが国内においても国外においても、まったくといっていいほど機能していないということではないでしょうか。

他国の侵害から国民を守るべき国の機関というのは、当然その国の軍隊であり、日本でいえば自衛隊です。しかし、これまで、在外邦人を守るために自衛隊が海外に派遣されることは一度もなかったのです。自衛隊という日本を守る仕組みは一応あるけれども、まったく機能していないのです。

もし日本人である我々自身が、海外で何かトラブルに巻き込まれて大使館や領事館に逃げ込んだ場合、暴漢が追いかけてきても、それを食い止めて助けてくれる手立てが何も無いということです。接受国の政府の警察や軍隊が配慮してくれることはあるかもしれませんがが、大使館や領事館という、治外法権であるはずの場所が、日本人を守ってくれる仕組みになっていないというのが現実なのです。

有事というものは、いつでもどこでも起こりうるものであるということを、我々は戦後いくつも目の当たりにしてきました。例えばペルー大使公邸に武装ゲリラが立てこもった事件。国の象徴である在外公館が占拠され、人質までとられたにも関わらずペルーの警察や軍隊が助けてくれるまで、何の手出しもすることができませんでした。ゲリラが押し入ってきてもそれを排除する仕組みがなかったのです。

しかし、こういった事件というのはこれまでは幸いにも海外で起きた事件ばかりでしたが、実は舞台が日本国そのものであっても同じ話なのです。直接日本が攻められたり外国から難民がきても、日本政府として、これを守ったり、排除したりといったことすらできないというのが今回の事件の本質なのです。政治の一番の使命は何かといえば国民の生命、財産、名誉を守るということ以外にないわけですが、現在の日本というのはこの一番肝心なことができていないということであり、このことを私たちはもう一度認識する必要があると思うのです。

戦後の政治というのは、日本国憲法がそれを禁じていることもあり、国家として国民の生命、財産、名誉を守るということを国民自身がはじめから想定しておらず、誰かがやってくれるという前提で成り立っています。私には、そんな憲法自体が、憲法違反に思えて仕方がありません。憲法とは法律のもとになるものです。法律は政治同様、国民を守るためにあります。その法源にあるのが憲法なのですが。では、憲法に従わなくてはならない理由というのはいったい何でしょうか。

我々の永年にわたるいろいろな経験則の中から積み上げてきた良識や常識を成文化したもの、つまり、一番大きな我々の価値の集合体が憲法ならば、これは守らなくてはならないものです。しかしながら、今の憲法というのは良識や常識の集合体とは言えないし、それを基本とした法体系のまま五十数年間日本は戦後社会を作ってきました。現行憲法は日本人の良識や常識という強固な歴史的土台に根差しておらず、いわば砂上の楼閣という危ういバランスの上に成り立っているということをもう一度考え直さなくてはならないのではないでしょうか。

戦後の五十数年は、幸いなことに、日本人はほとんど戦争と無関係に過ごしてきました。しかし、ここのところ冷戦時代のような米ソ両国の力の均衡による世界秩序が、崩壊しています。つまりは、冷戦が終わった後、国と国との利害の衝突があちらこちらで起こるという大変な時代に突入してきています。

私たちは、今回の事件を目の当たりにして、もう一度、国を守るというのはどういうことなのか、独立した国であるというのはいったいどういうことなのかを、認識しなくてはなりません。日本が国家としての本来の責務すら守ることができない仕組みの中にあるということを、今こそなんとかしなくてはならないのです。

かつてペルーでの事件がおきたにもかかわらず、何も反省されることなく再び今回のような事件が起こった状況を考えると、日本という国はこれから先一体どうなってゆくのか不安でなりません。

国際関係というのは、外国と仲良く交際をすることだけではありません。外交という手段を通じて国家の主権や国益を背負って外国と交渉することがその本質です。そしてそのためには時として命を賭けなければならないときがある。しかし戦後の我が国では最初から主権や国益という認識が抜け落ちているのだからまともに外交などできるはずがないのです。外交に限らず経済政策、教育などの問題の根源がすべて戦後の体制にあるのだということを認識し、しっかり議論していかなくてはなりません。

戦後五十数年。遅きに失してはいますが、今、戦後体制から脱却するための一歩を踏み出さなくては日本の将来はありえませんし、その一歩を刻すべく勇を鼓すること、それが、戦後の繁栄と平和の時代に生を受けた我々の世代の使命なのではないでしょうか。

(月刊「発言者」7月号・西田昌司原稿より抜粋)



特別寄稿
四方 八洲男  綾部市長プロフィール


昭和15年、京都生まれ。昭和38年、京都大学経済学部卒。
三菱重工業?勤務を経て、昭和53年より綾部市議会議員を3期、昭和62年より京都府議会議員を3期務め、この間、京都府連政調会副会長、副幹事長などを歴任された。
平成10年、綾部市長に初当選。本年1月に再選され現在2期目。

ほんまもん

 料理人でも大工さんでも、勿論経営者の世界でも能力のちがいは歴然としており、それに応じて給与もちがいます。
しかし、政治家の場合、必ずしもそうではありません。一度バッジをつければ、もうそれで一人前。あとは当選回数が支配する年功序列社会。エスカレータ-に乗り、そのスピ-ドは「数の力」。ともかく群れることが尊重されます。だから、一票は一票。どんな形でも選挙で勝てばよい。一票の質を高めることなど、そんな回りくどいことをやっている暇はないということになるのです。
気まずくなるような真剣な議論は避けろ、いわんや「千万人といえど、吾往かん」といったタイプは孤立する……。
 これがいわゆる高度成長、田中角栄さんの政治に代表されるものでした。前尾繁三郎さんのように温故知新、哲学を尊び沈思する政治家の出番はなかったのです。それはまた、政策を依存した官僚との蜜月の時代でもありました。
 しかし、21世紀は、集団よりも個の時代、個性と異能に頼らなければならない時代になってきました。暇があったら図書館に行ったという小泉純一郎首相の誕生もそうした時代の産物です。
 そして、わが西田昌司兄がいよいよクローズアップされる時代にもなってきました。これが当たり前なのです。
 囲碁の世界でも初投もあれば九段もある。相撲もまたプロといっても序の口から横網まであるのです。そのちがいは、個の能力のちがいであって、序の口でも何でもいい、ともかく数さえおれば、横網をつくることができる、という甘いものではありません。
政治においても相撲社会と同じく志のある人、情熱と行動力のある人、一票の質を大切にしようとする個の政治家が正当に評価される時代がやってきたのです。
 要するに、私が言いたかったのは、西田昌司なる人物が、志を大切にし、深く考え、公のため真剣に議論しようとしている政治家であるということです。ほんまもんの政治家だということです。
 彼の力を正当に評価し、余すところなく使いこなす良き先輩(リーダー)がいたら彼にとって何と幸せなことだと思います。
しかし、彼を私淑させるようなリーダーはそう簡単には見つからないでしょう。とすれば、彼自身がリーダーになることです。
悪貨に流されず、良貨を糾合する。大変なことですが、彼なら必ずやれるはずです。
 なぜなら、何より志に魅かれて集まる昌友会の皆様がついておられるし、「継続は力」。彼を慕う人は、増えつつあります。
 私もまた、微力ながら、はるかに西田昌司兄の大成を心より願っておるのです。

瓦の独り言
羅城門の瓦

『正しい言葉を残していこう』

ワールドカップの嵐が日本全土を駆けめぐり,老いも若きもサッカーに夢中になり,そこから新しい文化さえ生まれる気配があります。この嵐が過ぎ去り,祇園祭のお囃子の練習が始まる頃には,京都の街も落ち着きを取り戻しているような気がします。

さて,少し前,「大文字焼き」といったせりふをTVのタレントがしゃべっているのを耳にしました。どんな煎餅かな?何処の陶器かな?と思っていると,「五山の送り火」のことを「大文字焼き」と呼んでいるではありませんか!他のタレントもそれを訂正(?)しようともせず,番組は流れていきました。子供たちに,「大文字焼きって知っている?」と尋ねたところ,ちょっと首をかしげて,「お盆の送り火のこと?」と答えが返ってきました。ホットするやら,ここまで毒されているのか,とがっかりくるやらでした。

東寺のことを「弘法さん」と呼んで南区民(いや京都市民)の方々は慣れ親しんでいますが,正式な名称は「教王護国寺(きょうおうごこくじ)」又は「真言宗総本山東寺」と呼びます。六孫王神社のことを「ろくそんさん」,六道珍皇寺を「ろくどうさん」と通称で呼んでいるのは良いのですが,「五山の送り火」を「大文字焼き」と通称するのはどうもいただけません。

通称で,気になる言葉に「宵々山」があります。祇園祭の宵山は祭の前日のことで,一般には「宵宮」といいます。同じ曳山祭を行っている大津や飛騨高山では「宵山」という呼び方はしないそうです。ましてや「宵々山」といった呼び方はしません。この名前は,確か昭和40年代,円山公園音楽堂で「永ろくすけ」が付けたものだと記憶しています。

フォークソング全盛時代に高石友也,ナターシャセブン,杉田次郎etcが集まってコンサートを開催し,そのときの司会者が「永ろくすけ」でした。 

30年も経過すると市民権を得てしまうのか...。でもこれが伝統の祭の前日の呼び名として認められるのも少し悔しいような気がします。観光客に正しい名称を知ってもらうことはもちろん,若い京都市民の方々にも正しい呼び方をしてほしいものです。特に伝統文化に係わる行事にとってはなおさらで,これには行政も観光団体,まち並み保存の市民団体も立ち上がってみては如何なものでしょうか?

ワールドカップから新しい文化が生まれ,新しい言葉も生まれてきます。しかし,伝統文化,行事に係わる言葉は,通称であっても歴史の重みがあるはずで,それが千年の都たる京都の本質なのです。

このような,危惧をしているのは瓦ひとりだけではないと思いますが....。

新人紹介

皆さんはじめまして、本年6月より西田事務所に就職しました岡野貴繁と申します。大学卒業後はアルバイトとして働いておりましたので社会人としての経験も今回が実質初めてですので、先生や事務所の方に迷惑をかけてばかりの毎日です。しかし、今後精進していき、しっかり頑張りたいと思っております。
私は今年24歳になりますが、京都市左京区の生まれで地元の小中高を経て立命館大学を卒業しました。
学生時代から政治に関心をもっており、今回ご縁があり西田事務所で働くことになりました。
以前選挙の運動員をした時に、後援会の方々や秘書の方々の働き振りを見て私も将来機会があれば働きたいと思っておりましたところ、大学を卒業して2年経過して自分の将来について考えていたある日、西田事務所が職員を新たに募集していることを知り、西田先生のもとで勉強したいと心を固めました。
実は、学生時代から私は幾度か選挙に関わっていたにもかかわらず、西田昌司先生のことは名前を知っていた程度でした。事務所への就職を決めるにつき先生の演説を聞いたり、「政論」を拝読し鋭く、保守の立場からこの国の抱える問題点を的確に指摘されていることに共感しました。
若輩者ではありますが、西田先生の政治活動の手伝いができることに誇りと責任を感じ、精進したいと思いますので、ご指導ご鞭撻よろしくお願いいたします。

岡野貴繁拝


編集後記
1年に満たない短い期間ではありましたが、家庭の事情で帰郷することになりました。
 いろいろな思い出が詰まった1年間でしたが、中でもこの「showyou」には強い思い入れがありまして、皆さんからは薄っぺらい印刷物にしか見えないかもしれませんが、原稿を依頼して、徹夜で校正をして、編集会議で議論したりして、やっとの思いで完成させています。
 そういえば、人目のつかないところで様々な方の汗と知恵が集約されて完成しているこの「showyou」の姿というのが政治家の姿とかぶって見えるのは私の考えすぎでしょうか…  西田議員の今後益々の活躍と、「Showyou」読者の皆様方のご多幸を遠く鹿児島の地より見守っております。ありがとうございました。

杉尾巨樹

SHOWYOU編集室 

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