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第76号

2013年10月21日発行

増税とデフレ脱却は両立するのか

参議院議員西田昌司

消費税増税が決定

 景気対策をすることを条件に、来年4月からの消費税増税が決定しました。まだデフレ状態が続く中、増税は時期尚早ではなかったのかというご心配の声も数多く頂戴いたしております。私自身、消費税増税はデフレから完全に脱却した後に行うべきだということを再三申し上げてきましたから、そうしたご意見には同感するところが多いのが本音です。
 そこで、私なりに考えをまとめて述べてみたいと思います。

給料が下がり続けたことがデフレの原因


南区西田昌司後援会の皆様が国会見学にお越しになりました

 我が国では、この20年間デフレが続いてきましたが、それは、経済のグローバル化による内需不足が原因だと私は考えています。かつて、日本の貿易相手国は欧米先進国が中心でした。家電製品や自動車などの工業製品を西側諸国に輸出し、エネルギーや原材料などを中東やアジア・アフリカ諸国などから輸入するというのが日本の貿易の姿でした。要するに輸出入の対象は物であったわけです。ところが今は、家電製品にしても自動車にしても日本で生産して輸出するより、現地で生産する方が圧倒的に多くなっています。その理由は、貿易相手国がかつての西側諸国から中国を始めとするアジア各国に移っていったからです。その結果、製品の輸出よりも現地生産が増えることになったのです。
 西側諸国は先進国ですから、所得水準も高く日本製品を買うだけの資力があります。一方で、中国などのアジア各国は発展途上国で所得水準が低いため、高価な日本製品を買うことができません。発展途上国でたくさんのものを売るためには、その国で現地生産して製品価格を抑える必要があるのです。こうしたことから、日本の企業は発展途上国に工場を建設し、多くの製品を海外で生産することになりました。
 企業は売り上げを伸ばし、企業規模は飛躍的に拡大しました。しかし、海外で獲得した利益は現地で課税されるため、日本には税として納められません。また、現地雇用が増えるだけで、国内の雇用は、むしろ減少することになります。雇用が減少しだすと給与も下がりだします。賃金の安い海外雇用が増えると、国内の賃金を下げる圧力が増加するからです。海外の安い賃金に対抗するため正規社員の雇用を減らし、非正規や派遣社員を増加させたことにより、雇用は守れても給料が下がる結果をもたらしました。
 また、中小企業などへの下請け額も、常に値下げ圧力がかけられてきました。毎年数パーセントずつカットされている企業もあると聞きます。その結果、大企業は大きな利益を得ても、中小企業の業績は悪くなる一方です。大企業の正規社員は労働組合に守られて賃金カットされないでしょうが、非正規社員は勿論の事、中小企業においては経営者も社員も給料が下がり続けています。これが、GDPの大半を占める個人消費を落ち込ませデフレを作り出したのです。こうしたことを考えると、賃金の上昇を目指すという安倍総理の考え方は、全く正しいものだと思います。

法人税の減税で給料は上がるのか

 そこで安倍総理は、復興税の前倒し廃止や法人税の基礎税率を減額することにより、企業に給料を上げてもらう政策を提案されています。しかし、減税で給料が本当に上がるのか、そこが一番懸念されるところです。
 実は、バブル経済が終わってから景気対策のために法人税等の減税が実施されてきました。しかし、その結果景気は良くなったのでしょうか。バブル後GDPはずっと500兆円前後で成長はありません。また、税収も減税した分だけ減ってしまい、現在の税収は40兆円代で、これはバブル前の昭和61年頃の税収とほぼ同額です。もし、こうした減税を実施していなかったら税収は60兆円を超えると言われています。この原因は先に述べたように、企業が国内投資よりも海外投資を優先してきた結果なのです。このことは経済がグローバル化した時代においては、企業減税をしてもGDPの増加や給料アップにはつながらないということを示しています。
 また、雇用の大半を占める中小企業の雇用条件は年々悪化しています。従業員の雇用を守るために、経営者が給料をほとんど取っていないという話もよく聞きます。それだけ努力をしても満足に従業員に給料が払えず、ボーナスもほんの一時金しか出せない企業もたくさんあります。国民の給料を上げるためには、まさにこうした中小企業の給料を上げることが肝心なのです。
 経済のグローバル化が進んだ結果、大企業は業績が良くなればその分を海外投資に向けてしまい、給料や中小企業への発注の増加になかなか繋がらなかったのが事実です。これをどうやって変えられるのでしょうか。私は、企業減税をして給与増加を企業にお願いするという方法では、強制力がないため改善できないと考えています。

脱グローバリズムがデフレ脱却への道


自民党京都府連災害対策本部長として台風18号における災害状況の視察を行いました

 私は、経済のグローバル化、これが国内での投資を減らし給料を削減してデフレを作り出してきた原因であると述べてきました。世界が一つの市場となった現代社会においては、投資効率の一番いいところにお金は使われてしまいます。その結果、先進国から発展途上国に投資先が奪われてしまうのです。
 TPPに対して私が反対してきたのも、まさにこうした理由からです。TPPは関税を撤廃するというものですが、現実には物ではなく資本の移動が大きな課題になっています。世界中のどの国へも、自由に投資ができる環境を作るという事はまさに究極の経済のグローバル化です。先進国から発展途上国にどんどん投資が流れ出すということです。その結果、企業にとっては効率的な投資が可能になり業績は上昇することでしょう。しかし、日本を始めとする先進国は雇用が海外に奪われデフレが一段と加速してしまうのです。
 物の取引が主体であった20世紀と、資本取引が主体となった21世紀とでは、自由貿易の意味が変わってしまっていることを知らねばなりません。これを理解しないで自由貿易を推進すると、企業栄えて国滅ぶ、ということになりかねないのです。

民から官へ

 「官から民へ」という政策が、投資と雇用を海外へ流出させてしまいました。これを防ぐには、「民から官へ」と政策変更する以外ありません。確かに、民間需要は国内より海外の方により多く存在します。これに頼って経済政策をすれば、必然的に投資も雇用も海外に移転してしまいます。しかし、国内には、防災や減災、国防や治安維持、社会保障やエネルギー・食糧の確保などに莫大な需要が存在します。これらは民間任せで行うべきものではなく、政府が主体的に行わねばならないものです。言わば、公需と呼ぶべきものです。東北の大震災や福島の原発事故、尖閣問題を考えれば、どなたも納得できるでしょう。そして、これら公需に応えるには、税や社会保障の負担を増加させる必要があることもお分かり頂けるはずです。
 国税と地方税とを合わせた租税負担の国民所得に対する比率である租税負担率と、年金や医療保険などの社会保障負担の国民所得に対する比率である社会保障負担率の合計を国民負担率と言います。日本は4割程度ですが、これは先進国の中では異常に低い数値です。英独では5割程度、仏は6割、北欧諸国は更に高くなります。例外は米国です。日本より低い負担率ですが、国民皆保険等がなく民間保険任せのため、その負担が加算されておらず、日本の参考にはなりません。
 安心安全のための需要は正に公需です。そのためには政府部門の支出が必要です。それを賄うには日本の国民負担率は、世界水準から見ても低すぎるということなのです。官から民ではなく、民から官へと発想の転換をしなければならないのです。

大きな政府が国民をデフレから守る


読売テレビ「そこまで言って委員会」に出演いたしました

 ところが、この20年近く、我が国ではこの逆の政策を行ってきたのです。その結果、防災や安全保障の観点からも脆弱な国になってしまいました。更に、社会保障やエネルギー・食糧の確保の観点からも国民は不安を感じています。これらは予算措置が十分されていないからです。「官から民へ」のスローガンの下、こうした政策をないがしろにしてきたのです。このことが、日本の国力をどれだけ毀損してしまったか、大いに反省しなければなりません。
 また、こうした小さな政府論は、経済の面でも大きなダメージを与えてしまいました。減税を先行させ民間企業の活動に制限を加えない政策は、市場原理主義と呼ばれましたが、経済がグローバル化した中では、雇用と投資を海外に移転させることになりました。正にデフレを呼び込んでしまったのです。

政策の総点検が必要

 さて、以上の点を踏まえた上で、増税と景気対策はどう整合性を持つでしょうか。この20年に及ぶ小さな政府論が、国力を弱めデフレをもたらしたことは間違いありません。国民負担率を増加させ、公需のための予算を増やすことが国力を取り戻すために必要なことは言うまでもありません。そして、それが、雇用と投資の海外移転を防止する唯一の方法なのです。長期的には国民負担率の増加による大きな政府が望ましいと私は思います。
 しかし、他方でデフレが続いている現下の状況では、増税が望ましいはずがありません。公需に対する政府の予算措置は必要ですが、それは国債で賄うべきです。そして、デフレから脱却した然るべき時期に、負担率を上げるべきなのです。
 残念ながら、このような、長期的な視点と短期的な視点との政策の整合性についてしっかりした議論がまだ十分行えていません。そのため、短期長期の視点が示されないままに、バラバラの議論がされているのです。
 これを整合性のあるものにするのが、自民党の仕事です。そのためには、党内で徹底した議論を行う必要があります。また、これまでの政策の総点検を行わねばなりません。今まで自民党が行ってきた政策に対して批判をすることも時として必要になります。
 政府の中に入れば、こうした議論はしにくくなります。今後も、一国会議員の立場で、真摯な議論を行い、安倍内閣の政策が誤り無く行えるように努力をして行きたいと考えています。皆様方のご支援ご協力を宜しくお願い申し上げます。

樋のひと雫

羅生門の樋

 ついに決まりましたね、消費税の値上げ。今まで“アベノミクス”に好意的だったマスコミも、「?」的な報道が多かったように思います。そらまあ、誰しも増税は嫌なもの。出来ればないにこしたことはありません。
 これらの報道の中で、「お上から税をとられる」という庶民感情を逆なでするかのように、某新聞が「企業か人か。コンクリートか人か。」という二元論でコメントを書いていました。“コンクリートから人へ”と云って政権を担当した党もありましたが、今でもこの論の立て方があるのだと驚きました。この言葉には、コンクリート=予算のばら撒き=企業中心、人=福祉の充実=市民中心というニュアンスがあるのでしょうが、善悪二元論で世論を主導しようとする考え方には失望しました。
 思えば、東京オリンピック、この前後から始まった高度経済成長では、随分コンクリートが出来ました。高速道路、新幹線、大型橋梁、高層ビル。これらの恩恵を被って来たのは我々国民でした。しかし、漫談家ではありませんが,「あれから五十年‼」。今では、橋脚には亀裂が入り、トンネルの崩落もありました。そろそろ高度経済成長の恩恵のツケを払う時期に来ているのではと思います。友人の技術者が言っていました。「コンクリートの寿命は50年。保守しようとすれば建設する以上の費用がかかる」と。
 50年後の孫の世代に、安全と安心な国を残そうと思えば、現在出来ることをしておかないと。朽ち果てたコンクリートを産業遺産ならぬ、産業廃棄物として子孫に残す訳にはいきません。その為には、財政規模の拡充も必要でしょう。3パーセントの消費増税が、現在の福祉だけに使われるのではなく、子や孫に安全で美しい国土(くに)を残すような使い方をしてもらいたいものです。
 ところで、先の選択肢を「人が安全に暮らすコンクリートの建設、人に安心をもたらす企業の育成」と置き換えてみてはどうでしょう。今まで二元的に考えていたものが、存外目的を共有できるものになるかも知れません。二元論的思考や二律背反的疑問の立て方は、50年前の“ヤルタ・ポツダム体制の冷戦時代の世論”を想定したものでしかありません。この論理構造自体も、疲労破壊する時期に来ているのかも知れません。

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