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第22号

2000年01月01日発行

謹 賀 新 年

京都府議会議員西田昌司


 平成12年1月元旦

 今年はいよいよ2000年、20世紀最後の年でもあります。新たな出発の年であると同時に、締めくくりの年ということです。戦後の日本の有様をもう一度見つめ直し、日本の原点をしっかり見据えた、未来像を皆様に提案できますように、本年も頑張ります。どうぞよろしくお願い致します。
 さて、私は、去る11月8日から15日まで、ドイツに視察に行ってまいりました。もっとも本年度京都府では議員の海外視察を中止致しましたので、自費での視察になりました。しかし、ドイツの日本大使館や総領事館並びに京都府のドイツ駐在員等のご協力のお陰で、非常に多くの貴重な経験と情報を得ることが出来ました。
 私がドイツを訪問致しました時は、丁度ベルリンの壁崩壊10周年の真っ只中で、ブッシュ、ゴルバチョフなどベルリンの壁崩壊の立役者が招かれており、様々な式典が開催されていました。森鴎外の舞姫にも出てくる有名なブランデンブルグ門、ウンターデンリンデン通りは、かつては東西の壁に阻まれ近づくことも出来ませんでした。しかし、これらの地域にはもはや壁は泣く、わずかに道路上に市電の軌道のような物がその記念碑として埋められているだけで、従事を偲ばせるものは何もありません。ベルリンの壁があった地域は今や再開発の真っ最中で、町中のあちこちで槌音が聞こえてくるような状況で、ヨーロッパ随一のビジネス街に生まれ変わることを目指して、莫大な資金が投資されていました。毎年1兆円を超える金額が、10年以上にわたってベルリンを始め旧東ドイツ地域に投資され、遅れていた社会資本整備につぎ込まれているということでした。ところが、これほど大規模な投資をしても、まだ西側との差は完全に埋まったとは言いきれないのが現実です。事実、私のようなよそ者でさえも、ベルリンの壁が無くても、東側と西側の違いがすぐに分かるのです。その違いは雰囲気にも現れてきます。同じような建物でも何処か薄暗くて彩りが感じられず、道行く人も何となく活力の無い様子で、裏寂れた雰囲気が漂っています。これは雰囲気だけのものではなく、社会資本の整備の状況にもはっきり差となって現れています。例えばアウトバーンと言えばドイツを縦横に結ぶ速度無制限の高速道路として有名ですが、東側のアウトバーンを走ると、とんでもなく車が振動してびっくりしてしまいます。ヒットラーが作って以来、殆ど整備をしたことが無かったのでしょうか。道路が荒れ果てており、とても高速で走れるような状態ではありません。あちこちで舗装の整備工事が行われていましたが、西側と比べるまでもありません。そう言えばかつて京都でも共産党が政権を取っていた時代には、京都の道路の悪さは有名で、他府県から車で京都に来る場合には車のガタガタいい出したら、そこが県境だと言われたものでした。府政の転換した今ではそのような事はなくなりましたが、洋の東西を問わず、共産党の政権を取った町では社会資本整備は全く出来ていないということを今更ながら実感した次第です。


   今年の京都市長選挙をにらんで、共産党が何やら聞こえのいいことばかりを宣伝しているようですが、政治の本質は”言っている事”ではなくて、”してきたこと”で判断をしなければなりません。京都では22年前まで実際に共産党が政権を担っていましたが、いったい彼らは何をしてきたのでしょうか。他の都道府県が、高度成長時代に社会資本整備を次々に行ってきたのに、本府では全くと言ってよいほど、それが手付かずの状態であったのは府民みんなが知るところです。ところが、そうした時代から22年も経ってしまうと、段々そうした事実も風化してしまいます。特に若い年代の方にとっては、殆どその実態を知らずに暮らしておられるのも事実です。現実に府議会を見ても、私を含め、蜷川知事の時代に議席を得ていた者はほとんどおりません。
 私のドイツの現状を知るにつけ、京都においても共産党支配の時代にいったい何が行われてきたのか、もう一度みんなが思い出す必要があると感じました。

 ところで私のドイツ訪問の目的のひとつは老人ホームの視察にありました。ドイツでは今から3年前に介護保険制度ができ、日本もドイツの制度を参考にして法整備をしてきと聞いています。そこで、先進国の取り組みの様子を現場に出向いて、教えていただこうと考えたからです。日本では、今年4月からの施行を控えて、与党から介護保険の手直しが提案されました。その中のひとつに家族介護に対する介護手当の支給というものがあります。
 これは、自分の親の面倒を見ても1円の支給も無いけれど、他人に見てもらう場合にはお金が支給されるというのでは、親不孝を助長してしまうことになりかねない、という国民感情に配慮したものです。しかし、これは反対される方もおられます。その理由は、家族介護への支給を認めたら、女性を介護に縛り付けてしまうことになるから、反対だというのです。


 しかし、私はこの考えには根本的誤りがあると思っています。この考えの前提には、社会を抑圧する側と抑圧される側という風に、二極対立として捉える、唯物史観が根底にあるのは明らかです。ところが現実には彼らが言うように、決して対立するものばかりではないのです。介護保険のモデルとなったドイツではいったい家族介護についてどう考えているのでしょう。私は訪れたベルリン市内の住宅地のど真ん中にある老人ホームの園長さんに質問してみました。するとこういう答えが返ってきました。
 「ドイツにおいても介護の基本は勿論家族にある思っています。まず家族が家族の面倒を見る。これは当然のことです。従って家族介護にも手当を支給しています。しかし、その家族の介護もおのずと限界があります。末期になれば、家族だけではとても見きれない状況も出てきます。そうしたときのためにこのような施設があるのです。しかし施設に入られても家族の絆を如何にして守ることが出来るのか、ということを一番に考えています。例えば、家族が少しでも訪問しやすいように、出来るだけ便利の良い場所にこうした施設を作ったり、子供が孫を連れて遊びにくることが出来るように、ミニ動物園を老人ホームの中に作ったり、いろいろな仕掛けを作っているのです。・・・・・・」
 このように、ドイツの老人ホームで伺った話はいたって常識的なものでありました。ドイツにおける介護保険も巷間言われるような、女性の解放のために社会による介護をするのではなくて、家族の絆を守るためのものであったのです。私も非常に納得のいくものでした。こうしたことを考えれば、今日政府が家族介護に対しても、手当を支給するという方向に転換したのも肯けるわけです。このように洋の東西を問わず、介護保険の基本は家族の絆をどのように守るかというところにあるのは明らかです。
 私は、平均寿命が大幅に伸びたことにより、90歳の親の面倒を70歳の子供がみるという老人介護の実態を考えると、介護保険や介護サービスの必要性は勿論のこと、その前提となる家族あるいは地域社会という「人間の絆」をこの際点検をしておくべきだと考えています。つまり、介護保険により介護サービスの提供を受けることができて、家族は救えても、本当にお年寄りが一番ほしがっているのは、家族や友人との心の絆であって、介護保険は決してこれに変わるものではないということです。
 例えば、一人暮らしのお年寄りは、介護保険が適用されれば、身の回りの世話をしてもらえるので、確かに生活はし易くなることでしょう。しかし、このお年寄りが本当に求めているのは、単に身の回りの世話のサービスをしてもらうことではなくて、自分の話を聞いてくれたり、一緒にご飯を食べたりしてくれる家族や友人なのです。介護保険はこうした心のケアまで面倒を見てくれるものではないのです。不自由な体の面倒を見てくれても、心の世話まですることは出来ないということなのです。この心のケアは、家族や友人しかできないのです。
 問題は、家族や友人から疎外されたお年寄りが、これから益々増えていくにもかかわらず、この家族や近隣地域をどう守って行くかということについての、議論が殆どされていないことです。介護保険の円滑な適用を行うためにも、この問題は避けて通れない問題であると思います。
 そのためには、福祉に対する基本的姿勢について、見直しをしなければならないと思います。今では福祉と言うと、共産党に代表されるように、国や自治体の義務ばかりを追求し、国民に対しては不平不満を煽り立てる人々がいます。福祉の拡大は権利の追及で当然のことだと主張する人もいます。しかしこれは、先ほども述べたように、社会を搾取するものとされるものという対立で捉えるマルクス主義特有の考え方であって、決して国民を幸せにするものではありません。どんなに政策が充実しても、これでは満足することが無く、後には不平不満しか残りません。こうした誤った福祉や行政に対する考え方では、行政需要は止まるところを知らず、また国民は不満ばかりで誰も感謝せずということになってしまうのです。この考え方では、借金と不平不満しか残らず、社会は崩壊してしまいます。


   私はこうした社会を対立させ不満を煽る考え方から、社会を自分を含め一体のものとして捉える必要があると思っています。そのためには家族や友人に対してと同じように、社会に対して感謝と寛容の気持ちを持つようにしなければなりません。これは、日本人としてはいたって常識的で、当たり前の感覚だと思います。以前はこのようなことを議論せずとも皆当たり前であったのですが、戦後社会の中では、権利意識を追求することばかりが優先され、自分たちの社会を守る義務があるということを教えられずにきたために、利己主義者が横行し、家族や地域社会の崩壊に拍車がかかってきたのです。
 今、介護保険の導入を機に議論しなければならないのは、こうした福祉に対する根本的な姿勢をもう一度見つめ直し、皆様に訴えるということではないでしょうか。ドイツを訪問してこのことをより一層強く感じたものでした。

新年あけましておめでとうございます
参議院 議院運営委員長 西 田 吉 宏


 皆様には御家族お揃いで新春をお迎えのことと、心からお慶び申しあげます。
 21世紀の夜明けともいうべき本年に私も皆様のお力添えに支えられながら、11年目という門出にあたる新年を迎えることができました。
 これも偏に皆様方の格別の御支援、御指導の賜ものと深く感謝申しあげます。
 御承知のように最近の社会情勢は、経済問題を始め、著しく進む少子高齢化社会、家族の絆がうすれゆく核家族時代など、社会保障に関する課題が山積いたしております。
 このような背景のもと、国政におきましても従来の”経済再生”から、”理念ある経済新生対策”を掲げて、わが国の経済を支えている基礎ともいうべき、中小企業の経営強化に向けた施策や、介護保険法の特別対策などの審議を重ねて参ったところであります。
 なお御承知のように、昨年末の146回臨時国会におきまして、新しい試みとして、わが国初の「クエスチョンタイム」の導入を実施し、各党首による諸課題解決に向けての論戦が行われました。
 私も、皆様のあたたかい御支援をいただきながら、参議院議院運営委員長として、諸課題の取組を致しておりますが、「皆様の声と思い」を、国政へ届ける架け橋とさせていただき、微力ではございますが、全力を傾けてまいる決意であります。
 今年は、2月に京都市長選挙もございます。西田昌司府会議員と協力しながら、ゆとりと潤いのある住民生活が実現できる安定した政治情勢の実現に向け、懸命の努力を致しますことをお誓い致しますとともに、是非皆様のご理解とあたたかい御協力をお願い申し上げます。
 今年は”辰年”。古来より”龍の雲を得る如し”と申しますが、皆様方が雲を得て天に昇る龍のように、お元気にご活躍されますことを祈念申しあげまして、新年の挨拶といたします。

瓦の独り言
羅城門の瓦
−2000年のお正月の過ごし方−


 「きもので始まる2000年」といった写真コンテストの広告のキャッチフレーズが目につきました。そういえばレディメイドの男物のきものが百貨店で展示販売されていました。
 しかし男のきもの姿はなぜか世間の目をはばかっているようです。きものを着ていて笑われないのは噺家、囲碁将棋の棋士、相撲の力士、結婚式の新郎と父親ぐらいなものです。男がきものを着て町を歩くのは何か気恥ずかしいものがあります。儀式の時でさえ男がきものを着ることはめったにありません。世間の目が冷たいような気がします。「何か特別な事があるのかな」「一人目立とうとしているんでは」と勘ぐられてしまいます。

 でも20年前までは男はきもの姿は当たり前だったんです。確かに男女問わずきものは機能的ではありません。車を運転するのも不便だし、雨の日に濡れると後の始末に困るし・・・・・・などの理由できもの離れが進んでいったように思われます。しかし、それ以上にきもの業界の姿勢に問題があったのではないでしょうか。製品の高級化・高額化でしのぎ、きものについては高額高級品でなければきものでないといった意識を植え付けてしまったのではないでしょうか。ハレの儀式の日に低額実用きもので出ていったらバカにされ、高額高級のきもので出ていったらうわべの賞賛とはウラハラにきびしい視線にされされる。これでは「きものなんか着るものか」と思うのは当然のことです。だれもきものを着ないから世間の目が冷たくなる。世間の目が冷たいからだれもきものを着なくなる。この悪循環を断ち切らねば、きもの離れは防げません。
 これはきものだけではなく、米離れ、魚離れ、畳離れ、日本酒離れ、旅館離れなど総じて和風の生活様式に「離れ」現象が生じているのではないでしょうか。これはひいては日本文化を否定することになるのではないでしょうか。米を食べ、日本酒を飲み、畳の部屋で寝ていても白い目で見られないのに、男のきものだけは白い目で見られる。このようなことでは日本における伝統文化と父権の継承もおぼつきません。
 民族衣装でもあるきものを普及させるキャンペーンが展開されて久しいですが、いよいよ実行に移す時ではないでしょうか。この秋、立命館中学校の文化祭では、ゆかたによるきもの体験を中学生が取り組んでいました。新入社員の研修にきものの着付けをとりいれている企業もあります。
 さあ、奮起して2000年お正月は男のきものを流行らそうではありませんか。タンスの奥からウール着物を引張り出して初詣に出かけてみては。男がきものを着れば凛々しい物があり、世の女性たちもほれ直し、彼女らもきものを着る機会が増えるのではと願っています。

編集後記

 明けましておめでとうございます。
 昨年も変わらず暗い話題が続きました。商工ローン・新興宗教や「お受験殺人」等、人の弱みに付け込んだ様々な事件が噴出いたしました。
『……目出度くもあり、目出度くも無し』と言う言葉が強くよみがえります。
 機関誌【Show You】は今年も、『教育』や『経済の仕組み』・『社会の有り様』に「鳥の目・虫の目」を心しながら取り組んでまいります。

編集室 松本秀次

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