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第94号 (2018/04/25)
経世済民こそ政治の使命だ! 参議院議員 西田昌司

経世済民の意味


BSフジ「プライムニュース」に出演いたしました

 経世済民とは世を経(おさ)め民を済(すく)うというのが元々の意味で、これを略して経済と呼ぶようになったのです。今では、経済はお金儲けと同義語のように扱われていますが、経世済民を実践すれば結果としてそれがビジネスにつながるのです。
 現に、江戸時代には亀岡出身の石田梅岩のように、商人でありながら人の生き様を考え、後に石門心学と呼ばれる様な思想家も誕生しました。この教えは「実の商人は、先が立ち、我も立つことを思うなり」と簡単な言葉で商人の道を説いています。近江商人の「売り手良し、買い手良し、世間良し」もこれと同じ様な意味です。儲けだけでなく、社会全体の利益を考える精神を昔から日本人は大切にしてきたのです。

グンゼの創業の精神

 京都府綾部市が創業の地であるグンゼなどは、その典型例です。ウィキペディアによると、以下の様に書かれています。
 社名の「グンゼ」は創業時の社名「郡是製絲株式會社」に由来する。「郡の是」とは、国の方針である国是、会社の方針である社是のように、創業地の何鹿郡(現・京都府綾部市)の地場産業である蚕糸業を、郡(地域)を挙げて振興・推進していこうという元農政官僚で殖産興業の父と呼ばれた前田正名の趣旨に基づいている。
 創業者の波多野鶴吉が、前田正名の講演を聞き感銘を受け1896年(明治29年)8月10日に、創業地の産業である蚕糸業の振興を目的に、郡是製絲株式會社として設立した。蚕糸・紡績業が国家事業として力が注がれていた明治期にあって、早くから海外に生糸を輸出し、高い評価を得るとともに、海外の拠点開設も早い段階で行われていたことから急速に業績を拡大していく。また、製糸工場では女性の労働者が中心であり、地域の養蚕農家の子女を集めて操業していた。女工哀史という歴史があるように、当時が劣悪な労働環境で働かせる工場が多かった時代に、同社は女工ではなく『工女』と呼んで大切にし、工場内に女学校まで設立して人間教育に務めた。同様に、大資本を背景に財閥オーナー企業で創業する場合が多い明治期に、創業時から株式会社制度でスタートした同社は極めて稀有な企業であり、低賃金労働による搾取も感じられない、現代の『CSR』(企業の社会的責任)という言葉をそのまま体現したような会社だったといえる。創業者の波多野鶴吉の掲げた『創業の精神』がそれを示している。
 社会環境の変化により製糸業からは撤退しますが、創業の精神を守り綾部に登記上の本社は残しているそうです。京都府民にとっても誠に誇らしい限りです。

景気回復の一方で格差が広がる

 安倍総理は、デフレ脱却のためアベノミクスを掲げ、経済再生と財政再建を両立させると述べてこられました。確かに、民主党政権時代に比べれば株価が3倍近くなりました。上場企業も史上最高益を更新しています。失業率は2%台に、有効求人倍率も1.4倍となり、人手不足が心配されはじめました。景気は間違いなく回復しはじめているのです。にもかかわらず、その実感がないと言われます。その理由は、地域や会社による格差が広がりつつあると言うことです。
 東京をはじめとする大都市圏では、確かに景気回復が実感できるでしょう。しかし地方では、そのような実感はなく、通りの人影も少なく、お年寄りばかりが目立っています。大企業では好業績を背景に給料も上がっている様ですが、中小企業は大企業からコストカットを要求され、なかなか給料を上げられない状態です。従業員の数は全体の7割を中小企業が占めていますから、中小企業の業績が回復しない限り、景気回復を国民全体が実感できないのです。都市部と地方との格差や大企業と中小企業の格差、これを小さくすることが何より肝心なのです。

新自由主義の蔓延


千本釈迦堂「おかめ福節分会」で豆撒きをいたしました

 私は、4年前に旧東海道や旧中山道などを歩きました。全国の商店街を歩いて気付いたことは、昭和の時代の商品の看板しかないということです。それは、平成になってからはシャッター街になり寂れてしまったことを象徴しています。地方都市では平成になってから投資をほとんどされていないと言うことです。
 その原因がバブル崩壊以降アメリカ型の新自由主義にある事は間違いありません。かつて、東京の物価は世界で1番高いと言われてきました。消費者は高いものを買わされている。その原因は輸入規制をして安い外国製品を排除してきたからだ。輸入の自由化をすべきだ。また、大型店の出店規制をしている大店舗法を廃止すべきだ。こうした規制を緩和すれば消費者は安い商品を買うことができ、国民の利益になるはずだ。こうした意見の背景には、アメリカからの圧力もあったわけですが、結局マスコミも規制緩和に賛成し、国民の世論となりました。

利己主義の蔓延

 あの当時は、物価が下がるということを誰もが良い事と思い込んでいたのです。最後は、自分の給料も下がると言うことになるとは思いもつかないまま、誰もが賛成していたのです。正にこの空気がデフレを作ったのです。
 また、バブル後の世界は、東西冷戦の終焉によりアメリカ一強時代の幕開けでもありました。バブル崩壊で自信をなくしたところにアメリカ型の経済思想が一挙に押し寄せました。それが新自由主義と呼ばれるものです。
 元々アメリカでも家族的経営が重んじられてきましたし、企業の社会的責任ということも重視されていました。しかし、次第に株主資本主義が幅を利かせる様になりました。それは、会社は結局は株主のものである。従って利益を上げ配当することが会社の責務であり、社会的責任は政府に多額の納税をすることにより政府が必要な政策を行えば良いというものです。正に企業を金儲けのための手段としか考えない思想です。そしてアメリカが東西冷戦の覇者となったことにより、こうした考えが世界中に蔓延していったのです。こうしたアメリカ型の資本主義が新自由主義と呼ばれるものです。しかし、これは企業を利益を生み出すための装置と考えるものであり、結局は自己主義そのものです。

間違ったバブル後の財政政策

 問題はこうした考えが、政府に対しても要求されてきたことです。政府の使命はまさに経世済民です。戦争であろうと災害であろうと貧困であろうとあらゆる危機から国民を救う、これが政府の使命です。したがって、バブル期の経済不況の際には、徹底的に財政出動をして国民生活を守るべきだったのです。当初はこうした考えから財政出動がされていました。しかし、バブル期の不良債権は一説には数百兆円とも言われるほど莫大なものでした。政府の財政出動はあまりにも乏し過ぎたため効果が発揮できませんでした。逆に、民間企業が借金を返済して身の丈に合わせているのに、政府だけジャブジャブお金を使うのはおかしいと言う声の方が大きくなったのです。
 その結果、財政出動は継続されなくなってしまいました。政府の責任放棄ですが、あの当時の世論がそれを望んだのです。また、政府もそれを利用して経世済民より財政再建を優先したのです。ここにも利己主義が蔓延しているのです。

構造的デフレ

 デフレ後の日本では、民間企業が投資をせず、政府も投資をしない、その一方で規制緩和をして輸入を拡大するなど、こうした政策が同時に行われました。ただでさえ需要が減少して物価が下がっているところに、安い輸入品を入れればどうなるでしょうか。
 物価が安くなることを消費者が喜ぶ一方で、生産者は職を失い、失業者が増加します。その結果、賃金は下落し国民全体の消費は減退します。そうなればますます安い物でなければ売れなくなり、物価が下がり続け、給料も下り続けます。正にデフレスパイラルに陥ってしまいます。
 また、高齢化時代を迎えた日本では、毎年一兆円を超える社会保障給付額が増え続けていきました。ところが、デフレ不況のため税収は下がり続けます。この差額が構造的な財政赤字を生み出していきます。
 一方で、不良債権処理を終えた後、民間企業は国内投資より海外投資を伸ばすようになります。圧倒的に海外市場の方が大きいからです。世界経済の成長のおかげで、企業は史上最高益を更新していきますが、海外の所得のため日本には税金が入りません。また雇用も海外に流れ、国内では失業者が増えます。また、コストカットが常態化し、中小企業や労働者には利益が還元されません。この様にしてデフレの仕組みが出来上がってしまったのです。

和の精神がデフレ解消への道

 日本のデフレは、政府と民間、都市と地方、大企業と中小企業、消費者と生産者など本来お互いが支え合うべき存在が対立し、バランスを崩していることが原因です。これを解消するには利己主義を排除することが大切です。自分の利益だけではなく社会全体の利益を考える。日本人が昔から持っていた和の精神を取り戻すことが必要なのです。
 そのためには、『隗より始めよ』の言葉の通り、まず政府自身が率先しなければなりません。政府自身が経世済民の使命を果たし、それを実践する以外にないのです。

山田知事から西脇知事へ


西脇隆俊 新知事と門川京都市長と共にしっかり連携

 去る4月8日に行われた選挙で、山田啓二知事の後継として西脇隆俊氏が選ばれました。今回の選挙は、事実上共産党の支援する福山氏と西脇氏の一騎打ちでした。共産党対自民・公明をはじめとする多くの政党の支持を得た西脇氏との戦いですから、誰もが大勝するものと思っていたのです。しかし、結果は、西脇氏約40万票に対し福山氏が約31万票も獲得しました。福山陣営は、当初より共産党の名前を隠し、立憲と書いたプラカードを候補者の周りで掲げるなど、立憲民主党支持者からもかなりの支持を得ていたようです。来年の統一地方選挙や参議院選挙に向けて、立憲民主党の動きにも気をつけていかねばならないことを痛感しました。
 また、4期をもって勇退される山田啓二知事に対しては、林田知事の誕生以来懸案となっていた京都縦貫道の完成をはじめ、活力ある京都を作るために大きな成果を残して来られました。心から敬意と感謝を申し上げ、今後のご活躍をお祈りいたします。
 京都においても西脇知事が山田府政を継承し、経世済民の実践を期待します。

樋のひと雫

羅生門の樋

 去年の桜は“忖度”で蕾が開き、今年は“公文書偽造”で満開になりました。どうも、日本の季節は政局と共に移ろうもののようです。昨年帰国した時には、空港横の騒音とゴミの土地が、良く売れたものだと思いましたが、今年も未だこの問題で揺れていようとは……。
しかし、去年と今年では、どうも様相が異なるようです。それも、行政文書の書き換えと云う忖度の次元の話ではなく、国の統治機能に係る問題が。どうも、日本の官僚群の劣化が、根っこにあるように見えます。それも、“権勢におもねる”という品性の堕落が……。
 人々は様々な職業に就き、日々の糧を得ます。同時に、職に従事する者の責任と誇りを培います。そこに職業人としての道徳も生まれます。語弊があるかも知れませんが、過っては“政治は三流、官僚は一流”と言われ、官僚達が優秀であるから、日本の政治は過たないと言われてきました。焼け野原の飢餓から国民を救い、戦後復興から高度経済成長を経て、日本の飛躍を導いたのは、紛れもなく日本の官僚達でした。そこには、国を背負って立つ者の職責の自覚と信念、誇りがあったはずです。今回の公文書偽造には、自らの信念で「国会答弁に沿うように書き換えた」のではなく、権勢におもねるが故に、公文書に手を加えたように見えます。この姿勢には、国民から負託を受け、国のかじ取りを行うという覚悟が見えず、職責の放棄と言われても仕方がありません。
 公の職に就く者の矜持に、“青史を刻む”というものがあります。これは自らの統治形態や執行を正確に記録に残すことであり、その国の有り様を後世に伝えるための国の重要な責務の一つです。また、この文章の記録こそが、官僚としての職務遂行の正当性を表現する重要な手段でもあるのです。過って、官僚は時の為政者や権力者の圧力にも抗して、職務を遂行してきました。記録こそが意思決定の中で信念を貫き、時として弾圧を受けようとも、国の将来を過たずという覚悟の表明でもあるのです。
 この職務遂行の過程は、文字によって残され、その時々の判断だけでなく、後世に“歴史の審判”を受けることになります。これは、時の流れの中で、因果の見極めを受け、自らの信念と判断の正当性を歴史の評価に委ねることを意味します。これが公文書を残すという意味でもあり、その期限はギリシャやローマ時代にまで遡ることが出来ます。
 時の権力者におもねる様に公文書を書き換えるなら、それは官僚としての自らの立場と責任の放棄であり、信念の喪失であると云えます。そして、書き換えられた公文書は、もはや“青史の記録”ではなく、回想録の中で我田引水されるような修飾文の一節にしか過ぎなくなります。公文書の偽造というのは、現在の法律に照らした罪であるばかりでなく、日本の歴史に対する罪でもあります。これを機会として今一度、青史を刻むという職責の重さと覚悟を自らに問いかけて欲しいものです。

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